春の苦さをひとつ
寺西泰智が恋人に隠していたのは、浮気ではなく、百八十七万円の借金だった。
奨学金とは別に、以前の職場を辞めた時期の生活費をカードローンで補った。転職後は毎月返していたが、残高を言えば軽蔑されると思い、「貯金は少ない」とだけ話していた。
同棲の物件を探す途中で明細を見られた。彼女は金額より、二年間黙っていたことに顔をこわばらせた。
家計の話をするとき、泰智はいつも「大丈夫」と笑った。外食を控えた月も、急な出費を断った日も、倹約が得意な人間のふりをした。彼女は節約に付き合わせたことではなく、理由を共有されなかったことに傷ついていた。
「一緒に暮らしたら、次は何を後から知るの」
その夜、泰智は「芽吹」の一番端に座った。客は彼だけだった。店主は瓶ビールを一杯分注ぎ、ふきのとうの天ぷらを揚げ始めた。衣が油へ触れると、細かな雨のような音が広がる。青く土っぽい香りが立ち、薄い衣の端から白い湯気が逃げた。
一口目は想像より苦かった。泰智が顔をしかめると、店主は塩の皿を少し遠ざけた。
「苦いのは、苦いままでいい」
慰めにも教訓にも聞こえない言い方だった。
泰智は、彼女へ送るために作っていた返済実績の画像を削除した。毎月払っている証拠を見せれば、隠したことまで正当化できる気がしていた。
代わりに、市の無料家計相談の予約ページを開く。明日の十時に空きがあった。予約し、返済日と生活費を全部書き出すための表を作る。誰かに見せるためではなく、自分が次に何を隠しそうか知るために。
彼女の部屋に置いた靴をいつ取りに行くか、まだ連絡できない。謝罪を受け取ってもらえるかも分からない。借金は明日になっても一円しか減らない。
相談予約の確認メールには、通帳と明細を持参するよう書かれていた。泰智は初めて、残高の画面を消さずに見た。数字は醜くも劇的でもなく、ただ返すべき順番を待って並んでいた。
二つ目のふきのとうは、最初ほど苦くなかった。熱い衣が舌に触れたあと、遅れて春の青い匂いが戻り、喉の奥に細く残った。