昨日と同じ百枚では買えない馬
王国の使節団は、軍馬百頭の前で立ち尽くした。
契約書には一頭百ソル。財務卿は金貨一万クラウンを用意していた。昨日までなら、それで足りたはずだった。
外国商人は首を振る。
「今朝の相場は、一ソルにつき一・八クラウンです」
必要額は一万八千。国庫の護送箱に、八千クラウンも足りない。
「昨日と同じ馬が、なぜ一夜で高くなる!」
財務卿が怒鳴る間にも、隣国の買い手が馬を検分していた。
宮廷経理官シュリエは、国境紛争で通貨が下がると予測し、契約時の相場で固定する為替予約を勧めていた。王太子は「戦えぬ女が戦争を語るな」と彼女を国外へ追放し、予約手数料まで無駄と切り捨てた。
正午、馬百頭は隣国へ売れた。王国軍は春の遠征に必要な騎兵を失い、支払った輸送費だけが残った。
財務卿は不足分を国境銀行から借りようとしたが、通貨下落を見た銀行は高い利息を要求した。借りれば馬の代金は当初の二倍を超える。断れば、遠征計画そのものが崩れる。
使節団が連れ帰れたのは、見本用の老馬一頭だけだった。王都では百頭の凱旋を祝う厩舎が完成しており、空の馬房に飼葉だけが積まれていた。
その頃シュリエは、共和国の穀物庁で小麦契約へ印を押していた。通貨変動を固定したため、干ばつの報が出ても価格は一枚も上がらない。
議長は全職員の前で発表した。
「彼女の一枚の契約が、十万世帯のパン代を守った。今日から対外財務顧問に任ずる」
市場では小麦の値札が昨日と同じまま掲げられ、パン屋は窯の火を落とさずに済んだ。商人たちはシュリエの名を、相場を当てた者ではなく、相場が外れても国民を守った者として覚えた。
拍手が収まる前に、王太子の特使が入ってきた。
「殿下は追放を撤回なさる。馬は別の市場で買えばよい。すぐ王都へ戻り、相場を元に戻せ」
シュリエは、固定相場の契約書を共和国の金庫へ納めた。
「相場は命令では戻りません。なお、私と王国との契約は追放日に終了しています」