時計壁が朝を縫う

玻璃が王都大鐘楼を辞めたあとも、午前零時になると目が覚めた。

十三年間、鐘の遅れは一秒でも罪だった。歯車油の染みた制服は肘が擦り切れ、胸元には徹夜当番の札が縫いつけられたままだ。

彼女が郊外で開いた時計店〈遅れてもよい〉は、壁そのものが巨大な時計仕掛けだった。古いので、毎晩どこかが壊れる。けれど針が十二を指すと、外れた歯車は床を転がって元の軸へ戻り、亀裂の入った文字盤は月光を吸って塞がった。

町の家庭時計は、この店の親時計へ魔力線でつながっている。時刻合わせの小額利用料が自動で入り、玻璃が接客しなくても暮らしは成り立つ。

《時刻同期料、受領。今月の必要額を超過》

同じ瞬間、元上司から三度目の呼び出しが鳴った。

『鐘楼の主軸が止まった。祭礼まで二時間だ。お前なら直せる』

「後任の方は?」

『育てる暇がなかった。だから戻れと言っている』

玻璃は、机上の小時計を見た。退職してから買った、五分ほど遅れる安物だ。昔なら捨てていた。今は、その遅れが好きだった。

「私を戻す二時間で、次の人を育てる仕組みを始めてください」

『町中の時刻が狂うぞ』

「朝日は鐘を待ちません」

通話を切る。店の壁で小さな歯が欠け、すぐ銀の粉を集めて元へ戻った。自分で直るものは、自分で直ればいい。人しか直せない仕組みなら、人を一人にしなければいい。

窓の外では、鐘が鳴らないまま朝市が始まっていた。パン屋は焼き色で開店を決め、花売りは日差しを見て布を広げる。子どもたちは鐘楼を見上げもせず学校へ走った。町は一つの主軸が止まっても、思ったほど壊れなかった。親時計につながる家庭時計だけは正しく進み、利用料がまた小さく入る。玻璃は、その通知を確認せず消した。正確さは暮らしを助ける道具であって、彼女を縛る鎖ではない。

玻璃は入口の札を〈本日は正午から〉へ裏返した。親時計が町中へ正確な時刻を送り続ける。

寝室へ戻り、零時用の目覚ましを外す。遮光幕を引き、五分遅れの小時計まで布で覆った。

明日の朝が何時に始まるかは、起きた彼女が決めることにした。