晴天の未亡人
小比賀律花の結婚式は、写真を見るたび笑ってしまうほどの豪雨だった。裾は泥だらけ、髪は崩れ、夫は誓いの言葉を言い終える前にくしゃみをした。それでも二人は二十年、その写真を居間に飾った。
銀婚式を前に、夫が病気で亡くなった。律花は遺品整理中、過去修正AIの体験券を見つけた。変更できるのは気象制御命令一件。彼女は深く考えず、結婚式の日の人工降雨を中止した。せめて一枚くらい、晴れた日の夫を残したかった。
更新後、居間から結婚写真が消えた。代わりに、山道の土砂崩れで亡くなった若者の記事が額装されていた。日付は、結婚式当日の朝。名前は夫のものだった。
豪雨のため、夫の車は山道を避けて遠回りした。雨を止めた世界では最短路を走り、前夜の地震で緩んだ斜面の下敷きになった。式は行われず、二人の子どもも、二十年分の口げんかも、病室で交わした最後の冗談も消えていた。長男が初めて家を出た日の空室、娘が反抗期に蹴った扉の傷、夫が余命を聞いた夜に買ってきた安いケーキ。律花の体には出産の痕が残っていないのに、抱いた重さだけが腕にあった。
更新後の律花は、事故遺族の支援団体で働いていた。多くの人を救ってきた記録がある一方、彼女自身には、救われる前の人生が丸ごと消えていた。夫の墓へ行くと、石には若い日付しかなく、子どもたちが毎年供えたはずの不揃いな折り紙もなかった。律花だけが、墓の中の青年が白髪になる途中を知っていた。
律花だけが全部を覚えていた。晴れた空の下で、彼女は若い夫の葬列に立った過去を持つ女になっていた。
過去修正AIは、取消には同じ体験券が必要だと告げた。券は更新後の世界でも、夫の財布に入っていた。彼は結婚式で雨を止め、律花を喜ばせるつもりだったらしい。
律花は券を使い、雨を戻した。
居間に泥だらけの写真が現れ、病気で亡くなった夫の遺影がその隣に戻った。窓の外では、予報にない雨が降り始めた。
律花は写真の中の夫へ言った。
「晴れなくてよかったね」
人生でいちばん美しい日が、美しい天気である必要はなかった。