書き込みのある本

芹那の部屋には、元恋人の本が四十三冊残っていた。

背表紙に彼の名前はない。買ったのがどちらかも曖昧で、ページの余白には二人分の鉛筆書きが混ざっている。

古書店で働く多恵は、書き込みも本の状態の一部だと言った。

「消しゴムで消して売れば?」

「紙が傷む。値段は下がるけど、そのまま」

「こんなの誰が読むの」

「誰かは読む。芹那が読まなくても」

芹那は、物語に他人の記憶が挟まっているのが嫌だった。多恵は、所有者が変われば意味も変わると思っている。二人は床に本を積み、購入履歴と照合した。

彼が買ったと分かるものは返送箱へ。芹那の本は残す。分からない本は一冊ずつ開き、必要かどうかだけを決めた。

料理本のオムレツのページに、「次は塩を半分」と彼の字があった。その下に、芹那の字で「あなたが作るなら」とある。

「捨てる」

「売れるよ」

「他人に読まれたくない」

多恵は反論せず、裁断用の袋を開いた。

次の小説には、彼の線の横に芹那が小さな疑問符をつけていた。別れた今も、その反論だけは間違っていない気がした。

「これは残す」

「了解」

途中、多恵は一冊だけ自分で買い取りたいと言った。芹那は断った。友人の棚で見かけるほうがつらいと言うと、多恵は値踏みをやめ、その本を売る山へ戻した。

四十三冊は、返す十三、売る十六、残す九、処分する五に分かれた。多恵は売却箱の隙間へ丸めた新聞紙を詰め、芹那は返送箱に着払い伝票を貼った。

「着払いで怒るかな」

「送料を払いたい?」

「払いたくない」

「じゃあ、それが答え」

二人で古書店の買い取り口まで箱を運んだ。査定は千八百円だった。芹那は安いと言い、多恵は書き込みが多いから妥当だと言った。最後まで価値の測り方は違う。

芹那は受け取った紙幣を、返送用の集荷料金ではなく、新しい本を買う封筒へ入れた。

店を出るとき、多恵が残す九冊の袋を持とうとした。

芹那は首を振り、自分で持った。

多恵は代わりに、裁断する五冊の袋を引き受けた。

二人は別々の重さを持ち、同じ方向の横断歩道を渡った。