最後のじゃがいも

小佐野澄絵が母の家を訪ねたのは、姉の三回目の命日が終わる少し前だった。

午前零時近い台所で、母はじゃがいものスープを一杯だけ温めた。器を両手で持つと、丸い熱が掌におさまった。煮えたじゃがいもは、舌で押すだけで静かに崩れた。

姉が好きだったスープだ。

澄絵は、姉からの最後の着信を取らなかった。仕事中だったわけでも、眠っていたわけでもない。喧嘩のあとで、謝るのは姉からだと意地を張り、鳴る画面を裏返した。翌朝、事故の知らせが来た。

母には「気づかなかった」と言った。それから三年、嘘は訂正できないままだった。母が姉の話をするたび、澄絵は自分が悲しむ資格まで盗んでいる気がした。

通話履歴は機種を替えても消せず、非表示のフォルダへ移した。見ないために残し、残すために隠してきた。

留守番電話は再生していない。謝罪だったのか、別の用事だったのかも知らないまま、その中身だけを三年間、最悪の言葉に決めつけていた。

母は向かいに座り、何も食べずに手を組んでいた。時計の針だけが、命日の残り時間を削っていた。

器には、大きなじゃがいもが一つだけ入っている。子どもの頃、澄絵はじゃがいもを最後まで残し、姉が横からさらっていった。母がそれを覚えているのか、偶然なのかは分からない。

澄絵は先にその一片をすくった。

喉につかえそうになり、何度も噛んだ。柔らかいのに、飲み込むまで時間がかかった。母は急かさなかった。

残ったスープを半分まで飲み、澄絵は器を置いた。もうじゃがいもはない。姉が取るものもない。それでも最後の一口だけは飲めず、白い底を隠すように残した。

母が器へ手を伸ばす。

澄絵は「ごめん」と言いかけたが、声にならなかった。

母は残りを捨てず、器に小さな蓋をした。冷蔵庫へ入れ、それから引き出しを開けて、もう一本のスプーンを蓋の上へ置いた。

「朝まで、そこにいさせよう」

澄絵が何を残したのか、母は聞かなかった。

帰り際、澄絵は伏せていた姉との通話履歴を母のスマートフォンへ送った。文章は添えなかった。送信済みの表示だけを確認し、玄関へ向かう。

台所の冷蔵庫には、一口分の夜と、使う人のいないスプーンが並んでいた。