最後の一枚を撮るカメラ
写真館を閉める日、店主は古い蛇腹カメラを売ることにした。
父から受け継ぎ、妻との結婚写真も、娘の七五三も、そのカメラで撮った。
けれどフィルムはもう手に入らず、棚の飾りになっていた。
買い取り業者が来る朝、カメラのシャッターが勝手に切れた。
フィルムは入っていない。
それでも暗室へ行くと、現像液の中に一枚の写真が浮かんだ。
写っていたのは、店主自身だった。
閉店札を持ち、店の前で泣くのをこらえている。
誰も撮っていないはずの姿だった。
店主は写真を破ろうとした。
そのとき、またシャッターが切れた。
二枚目には、店の奥で娘が古いアルバムを抱えている姿が写っていた。
娘は店を継がなかった。父と同じ仕事をしたくないと言い、映像制作会社へ入った。
店主はその選択を、今でも裏切りのように感じていた。
写真の中の娘は、子どもの頃の家族写真を一枚ずつスマートフォンで撮っていた。
持ち帰るつもりらしい。
捨てたのではなく、別の形で残そうとしている。
三枚目のシャッターが切れた。
妻の遺影の前に、空の椅子が二脚写っている。
一つは店主、もう一つは娘のためだと分かった。
蛇腹カメラは、手放す日に限って、持ち主が見ないふりをしたものを撮るらしい。
店主は業者へ断りの電話をした。
売るのをやめるのではない。
娘が来るまで待ってほしいと頼んだ。
二人で最後の店内を片づけた。
娘は写真館を継げなかったことを謝った。
店主は、謝らせたかった自分を謝った。
妻の遺影の前へ二脚の椅子を置き、娘のスマートフォンで三人の写真を撮った。
妻は写真の中でしか笑わない。それでも空席にはしなかった。
夕方、業者がカメラを運び出した。
店主は追いかけなかった。
その夜、暗室を確認すると、もう写真は増えていなかった。
数か月後、娘から映像が届いた。
町で閉店した店を記録する短い作品だった。
最後に写真館が映り、父の古い声が入っている。
「笑わなくていいです。今の顔を撮ります」
いつ録音された声か、店主には分からなかった。
画面の中で、閉店札を持った自分が、今度は少し笑っていた。
蛇腹カメラは博物館へ渡ったという。
展示札には「長年、町の家族を撮影」と書かれた。
店主はその文章を読み、自分の家族もようやく、その中に含めてよい気がした。