最後まで回す映写機

町の映画館が閉館する夜、元映写技師は最後のフィルムを一人で回した。

妻が若い頃に撮った八ミリ映画だった。

海辺で笑い、転び、カメラへ手を振る。

妻は五年前に亡くなった。

映写機が動き始めると、スクリーンではなく隣席へ妻が現れた。

「また途中で巻き戻すつもり?」

技師は返事をしなかった。

妻は、フィルムを一度も止めず最後まで回している間だけ客席にいられた。

技師はこれまで、妻がカメラへ近づく場面で必ず停止し、最初へ戻していた。

最後の数分を見たことがない。

「閉館、反対だった?」

「あなたが決めたなら」

「本当は?」

「映画館より、あなたがここで止まってるのが嫌だった」

技師は妻の死後も館を開け続けた。

客は減り、赤字になり、息子から閉めるよう言われても拒んだ。

妻が毎週座った席をなくせば、二人の時間まで終わると思った。

映画の中で、若い妻が砂浜を走る。

客席の妻は、音のない口の動きを一緒に真似した。

「何て言ってる?」

「覚えてない」

「撮った人なのに」

「カメラを持ってたのは、あなた」

技師は驚いた。

自分が撮影した記憶まで、妻の映画としてしまっていた。

フィルムが後半へ入る。

妻は仕事を辞め、町を出ようとしていた時期だった。

映画館を継ぐ技師との結婚へ迷っていた。

「なぜ残った」

「残ったんじゃない。あなたと映画館を選んだ」

「同じだろ」

「全然違う」

スクリーンの妻がカメラへ近づく。

技師の手が停止レバーへ伸びた。

隣の妻がその手へ重ねる。触れた感覚はない。

「最後を見て」

「消える」

「止めても、朝になれば消えるでしょう」

技師は手を下ろした。

映像の妻はレンズいっぱいに顔を寄せ、音のない口で言った。

そのあとカメラを奪い、今度は若い技師が映った。

不器用に笑い、海へ向かって叫んでいる。

妻が口の動きを読んだ。

「一緒に帰ろう」

フィルムは白く焼け、終端が映写機を通り抜けた。

客席の妻が立ち上がる。

「帰る場所、もう映画館じゃなくていいよ」

「一人だ」

「息子の家、断ったでしょう」

「気を遣う」

「気を遣ってもらう練習をして」

妻は暗いスクリーンへ溶けた。

翌朝、技師は映画館の鍵を息子へ渡した。

建物は売却され、小さな店舗へ変わった。

映写機だけは地域資料館へ寄贈した。

息子の家へ移る前に、フィルムを最後までデジタル化した。

妻の笑顔だけでなく、若い自分の情けない顔も残した。

映画の終わりは、二人の時間が消える場所ではなかった。

席を立ち、隣にいる人と次の帰り道を選ぶための暗転だった。