最後まで残った社員

研修施設へ集められた社員十二人に、人事部長が告げた。

「本日の選抜では、最後まで残った一名だけが次の会社へ行けます」

若手社員たちは顔を見合わせた。

「次の会社って、転籍?」

「残れなかった十一人は解雇?」

「“選抜”と言った」

「先月、業績が悪かった」

「研修と見せかけた人員整理だ」

部長は館内へ散らばるよう指示した。

「午後四時まで、自分の判断で行動してください。途中退出は自由です」

参加者たちの疑いは確信へ変わった。

「途中退出した人から脱落」

「自由と言いながら試している」

「トイレも退出扱い?」

「建物の外へ出なければ大丈夫」

「窓から片足出たら?」

「人事規定に片足の定義はない」

昼食の時間になっても、誰も食堂へ行かない。

「席を離れた隙に名札を取られる」

「水分を控えれば最後まで残れる」

「生存競争を膀胱で決めないで」

同僚同士の会話まで心理戦になった。

「疲れたね」

「帰らせようとしている?」

「コーヒー飲む?」

「利尿作用で追い出す気だ」

「親切が全部攻撃判定!」

一人が携帯電話を見て立ち上がった。

「子どもが熱を出した。帰る」

残り十一人は黙って道を開けた。

「家族を利用した偽装かもしれない」

「本当に帰ったぞ」

「あれほど自然に脱落を選ぶなんて、強敵だった」

午後三時半、施設内には三人だけが残った。

人事部長が声をかける。

「そろそろ移動しますよ」

「まだ一人に絞れていません」

「絞る?」

「次の会社へ行く権利です」

部長は腕時計を見る。

「送迎車の座席が一つしか余っていないので、最後まで残った一名だけ乗れます。他の方は駅から電車で次の見学先へ向かってください」

三人は固まった。

「次の会社って、午後の工場見学?」

「そうです。案内資料の二ページ目に」

「残れなかった社員は?」

「電車移動です」

全員が鞄から資料を出した。誰も一ページ目より先を読んでいなかった。

最後まで残った一名は、送迎車の補助席に座った。

勝ち取ったのは雇用ではなく、駅までの徒歩十五分だった。