朝刊少年の老眼鏡
朝刊を配る少年と、開店前に来た老人だけが、古書店の扉を見ていた。
店主が金庫の前で倒れていた朝、少年は六時十分に新聞を差し込み、老人は六時二十分に絶版本の受け取りに来たという。少年は赤い帽子、老人は厚い外套と老眼鏡。近所のカメラにも、背格好の違う二人が別々に映っていた。
だが、少年が束ねた新聞も、老人が持っていた包みも、紐が同じ船乗り結びだった。もう一つ、二人の靴跡には右爪先だけを内へ擦る癖がある。靴の大きさは違ったが、歩幅は一センチも違わなかった。
金庫から消えたのは現金ではなく、戦時中の手紙一通だった。店主は前夜、手紙の差出人の一族から高額で買い戻したいと連絡を受けていた。少年は店内へ入っていないと言い、老人は扉が既に開いていたと言った。互いの存在を証明し合うような証言だった。
店主が倒れた時刻、表通りのパン屋は少年が自転車で走り去るのを見ている。裏路地の花屋は、その三分後に老人が杖をついて現れたと証言した。路地を抜ければ徒歩でも一分だが、皆は年齢の違いに気を取られ、移動時間を比べなかった。
老人が予約時に書いた本の題名には旧字体が使われ、少年の配達メモにも一文字だけ同じ旧字体が混じっていた。少年は学校で習ったと答えたが、その字は半世紀前の手紙にしか使われていなかった。
私は配達所へ行った。赤い帽子の少年は一週間前から臨時で働き始め、履歴書の住所は空き家だった。老人が予約に使った電話番号も同じ空き家の固定電話で、転送先は記録されていない。
店の裏で見つかった老眼鏡を新聞紙に包むと、鼻当てに赤い毛糸が挟まっていた。赤い帽子の裏地と同じ繊維だ。さらに老人の大きな靴の中には、少年の運動靴と同じ波形の跡があった。
夕刊の時間、少年が配達所へ戻った。私は老眼鏡を差し出した。
「お忘れですよ」
少年は受け取る前に、老人のように目を細めた。
外套で肩を広げ、靴を重ね、腰を曲げれば、カメラには別人が映る。朝刊を配った者と手紙を受け取りに来た者は、同じ一人だった。
少年の赤い帽子には、老人の白髪が一本だけ残っていた。