未現像の三枚

赤い安全灯の下で、神足冬璃は現像液のトレイを揺らした。写真サークル最後の暗室利用日。薬品の匂いと水音の中で、戸祭一馬と百々瀬真緒が黙って像の浮かぶのを待っていた。

一枚目は、入学式の日の三人だった。知らない者同士で、古いカメラを首から下げている。

「冬璃、卒業したら式場だっけ」

「結婚式専門。知らない人の一番幸せな日を、毎週撮る」

「皮肉じゃない?」と真緒が言う。

「幸せは、予約できるくらいがちょうどいい」

二枚目には、取り壊される商店街が写っていた。一馬の卒業制作だ。

「僕は画像認識の研究室に残る。撮るより、機械に何が写ってるか教える」

「写真やめるの?」

「写真が人間に見えるものだけだと思うのを、やめる」

真緒はカメラを売り、調理師学校へ行くという。四年間で一番多く食べ物を撮り、最後には、冷める前に食べたいと思った。

「三人とも、写真に残る仕事じゃないね」と冬璃が言った。

「式場は残るだろ」

「名前は残らない」

三枚目は白かった。何も浮かばない。

一馬が露光時間を確認し、真緒が薬品の順番を疑った。冬璃だけが、シャッターを切らなかったことを覚えていた。最後の集合写真を撮ろうとして、セルフタイマーの直前に大学から暗室閉鎖のメールが届き、三人とも画面を見てしまったのだ。

「撮り直す?」

「もう暗室の予約時間が終わる」

「デジタルなら今すぐ」

真緒はスマートフォンを出したが、誰も鏡の前に並ばなかった。今撮れば、解散した三人の写真になる。残したいのは、まだ解散を知らなかった顔だった。

冬璃は白い印画紙を水で洗い、乾燥棚へ置いた。

「失敗作も持って帰るの?」

「これだけは三人で見たから」

暗室を出る時、一馬は引き伸ばし機の電源を切り、真緒は薬品瓶の蓋を閉めた。冬璃は三枚を封筒へ入れたが、白い一枚だけ床へ滑り落ちた。

安全灯が消えた暗室で、それは空の額縁のように残った。写らなかった三人を、いつまでも待つ白さだった。