末尾Sの売上
製薬会社の出荷承認会議で、川代戸晴香は包装工程を請け負う会社の品質担当として、健康補助錠剤五万箱の売上確認を求められた。製薬会社は海外代理店へ一箱二千円で売り、期末に一億円を計上するという。
出荷一覧のロットはH0624S。晴香は末尾のSに気づいた。社内規程でSは医師向け無償サンプルを示し、販売禁止のロットだった。
営業本部長は、海外向けだけ別の記号体系を使うと説明した。
晴香は包装指示書を示した。箱には「NOT FOR SALE」と印刷し、価格表示もバーコードも付けない仕様。五万箱すべてを晴香の会社がその通り包装している。
売上請求書には通常商品コードH0624Aと記載されていたが、倉庫の出庫スキャンはSのまま。請求書だけ商品コードを差し替えていた。
代理店の受領書にも矛盾がある。受領時刻は午後八時四分だが、代理店所在地の倉庫は午後六時閉鎖。署名者は製薬会社の営業課長で、同時刻に国内の社内ネットワークへ接続していた。
さらに五万箱は海外へ出ていない。翌月の医療展示会用として、製薬会社の国内倉庫へ移動しただけだった。運送先欄には代理店名があるが、住所は製薬会社の東倉庫だった。
営業本部長は、サンプル提供と販売契約を組み合わせた合法的取引だと言った。
晴香は医薬品表示の確認印をケースへ戻した。
「無償と印刷した箱を一億円で売ったなら、まず買い手に値札を見せてください」
晴香は五万箱の資材請求も確認した。サンプル箱の費用は営業宣伝費として製薬会社へ請求済みで、販売原価には振り替えられていない。同じ箱を費用では無償配布、収益では有償販売として二つの帳簿へ置いていた。営業本部長は経理分類の問題だと言ったが、現物は一つしかない。
代理店側にも販売在庫として登録された記録はなく、商品受入担当者さえ置かれていなかった。
製薬会社の役員が出荷承認書を伏せた。末尾の一文字が、五万箱をサンプルから売上へ変える決裁を止めた。