机の下の靴
篠塚友美は、取調室で一度も宇津木圭の顔を見なかった。
視線はずっと机の下にある。駅前で会社員の鞄を奪い、追ってきた相手へナイフを向けた強盗容疑。所持品から財布と折り畳みナイフが出ている。逮捕した柴崎警部は、雨の路地を二百メートル追い、篠塚が水たまりで転んだ際に刃物を落としたと報告した。
「財布を取ったことは認めるんですね」
「認めます」
「ナイフを出した」
「出してない」
「あなたの鞄から出た」
「机の下を見て」
圭が覗くと、留置用のサンダルしかない。
「靴は押収されてる。写真を見て」
逮捕直後の証拠写真を開く。篠塚の白い布靴は、紐まで乾いていた。コートの肩は濡れ、髪から水滴が落ちているのに、靴底には泥ひとつない。
「駅の屋根の下で捕まった。柴崎さんは走ってない。ナイフは署に来てから鞄に入れた」
「なぜ、その場で言わなかった」
「言った。そしたら『窃盗で済むと思うな』って」
圭の端末に柴崎からメッセージが来た。
――常習犯だ。刃物を否定させるな。
篠塚は財布を盗んだ。被害者が追ったのも事実だ。組織にとっては、罪名が一段重くなるだけに見える。柴崎は検挙実績を上げ、署は強盗事件を解決できる。
「あなたを軽い罪にしたいから、靴を見ろと言うの?」
「違う」
篠塚は初めて顔を上げた。
「私みたいなのに刃物を持たせても通るなら、次は何を持たせるの。血のついた服?」
圭は写真を拡大した。撮影時刻は二十時二十六分。柴崎の報告では、二十時十八分に水たまりで転倒し、そのまま身柄確保。八分で靴だけが完全に乾くはずがない。さらに逮捕時の警察官用ボディカメラには、篠塚の鞄を最初に開けた柴崎の右手が、画面外から戻る瞬間が映っていた。
監視窓に柴崎の影が寄った。
圭は供述調書を閉じ、静止画を二枚印刷した。一枚は乾いた靴、一枚は画面外から戻る手。裏面に原映像の保全番号を書き、証拠物追加登録票へ留める。
柴崎が扉の取っ手を回す前に、圭は二枚を机の中央へ、ナイフの写真と並べて置いた。