枯れた英雄を一度だけ

異世界へ召喚された百瀬柚葉が冒険者登録の治癒試験へ回されると、机の上には萎れた薬草が一枚置かれていた。

治癒術師なら葉を青く戻せる。柚葉が両手で包んでも、鑑定珠は暗いままだった。

「魔力ゼロ。枯れ葉に同情するだけなら、墓守にでもなれ」

白衣の試験官は薬草を払い落とし、彼女の登録票を閉じた。

柚葉には別の表示が見えている。

《原初治癒》

対象一つを、その命が最も健やかだった状態へ一度だけ戻す。

一度しか使えないなら、薬草一枚には使えない。自分の古傷を消すことも、病に苦しむ誰かのために残すこともできる。そう考えたとき、試験室の隅にある石像が目に入った。

片腕の女冒険者。三百年前にギルドを創設し、最後の竜災で全身を石化された英雄だという。かつては治癒師たちが毎日祈ったが、今の支部長は治療費が無駄だとして展示物へ変えた。死んではいないが、治療法がなく、今では帽子掛け代わりにされていた。肩には試験官の外套まで載っている。

「その人、まだ生きていますよね」

「飾りに話しかける暇があるなら帰れ」

柚葉は床の薬草ではなく、石像の手を握った。

冷たい。けれど、石の奥でごく弱い鼓動がする。

《原初治癒》を使う。

最初に、石像の頬へ血の色が戻った。

灰色の表面が薄皮のように剥がれ、金色の髪がこぼれる。失われていた片腕が光の骨から組み上がり、古傷だらけの肌をまとった。三百年止まっていた胸が大きく息を吸う。

女英雄は目を開けた。

その瞬間、建物中の冒険者証が震えた。壁の創設者紋章が燃えるように輝き、現ギルド長の持つ権限杖が勝手に女英雄の足元へ転がる。

試験官は外套を取り戻すことも忘れ、床へ尻もちをついた。

蘇った創設者は自分の両手を確かめ、それから柚葉の閉じられた登録票を見た。

「私を治した治癒師が、未登録だと?」

声は静かだったが、支部長も上級治癒師も一斉に立ち上がる。

女英雄は柚葉の肩から試験官の外套を払い、代わりに自分の古い金章を留めた。

枯れ葉と呼ばれた少女を見る目が、三百年分の敬意へ変わっていた。