枯れ畑に昨日を植える
村の麦が一夜で黒く枯れた。
原因は領都の魔導工房が川へ流した廃液だ。代官は「天候不順」と決めつけ、税だけは予定どおり徴収すると告げた。三日後に倉が空になれば、冬を越せない。
若い農夫フィオは、まだ白かった昨日の穂を一本だけ覚えていた。父の代から守った土は、握ると薬品の臭いを放ち、幼い妹まで咳をしている。欲しいのは金貨でも、代官を殴る剣でもない。畑を、毒が流れ込む前へ戻す種だ。
誰かが助けに来る見込みはない。それでも鍬を置かなかった時、柄に緑色の窓が開く。
《条件達成:収穫できない年も土を捨てなかった者》
《主人公専用排出枠〈耕作〉》
《畑が最も必要とする一品を一度だけ排出します》
引くと、皺だらけの茶色い種が一粒出た。
《昨日の種》
《埋めた土地が最後に健全だった一日を発芽させる》
代官の役人は笑い、収税袋を広げた。
「一粒で村一つ救うつもりか?」
フィオは畑の中央へ種を埋めた。
土の下で、低い鼓動が鳴った。黒い麦が倒れ、その影から昨日の緑の芽が起き上がる。芽は畝を走り、村中の畑へ広がった。枯れた作物が元へ戻るのではない。土地そのものが、廃液を受ける前の清浄な状態をもう一度生やしている。
川底から毒の色が抜け、死んで浮いていた魚まで水を跳ねた。さらに地中へ染みた廃液だけが根に吸い上げられ、黒い実となって畑の端へ並ぶ。
フィオはその実を一つ割った。中には工房の紋章と、廃液を流した日時が刻まれていた。
「天候不順、でしたね?」
集まった村人が役人を見る。役人は税袋を置いたまま逃げたが、下流の監察官がすでに黒い実を拾っていた。
夕方、戻った麦は昨日より黄金色に実った。村人たちはまず税ではなく、冬支度の分を倉へ運ぶ。フィオは最後の一束を自分の家へ持ち帰った。母に焼きたてのパンを食べさせるためだ。
空になった種殻が光り、畑全体へ巨大な文字が浮かぶ。
《原初農具〈過去豊穣種〉》
《世界初栽培:失われた一日》
《収穫権者――土を見捨てなかったフィオ》