梅シロップの泡

六月、奈月は青梅と氷砂糖を硝子瓶へ入れた。

毎日一度、瓶を揺らす。祖母から教わった梅シロップだ。

同じ職場の絃は、休憩室の窓辺に置かれた瓶を不思議そうに見た。

「会社で作るもの?」

「家だと振るのを忘れるから」

許可をもらい、名前と日付を書いて置いてある。通りかかる人が気づけば揺らし、梅の位置が毎日変わった。

一週間後、小さな泡が出た。

「発酵したんじゃない?」

絃が心配する。奈月も判断できず、祖母へ写真を送った。

〈匂いを嗅いで、変なら火を入れなさい〉

蓋を開けると、甘酸っぱい梅の香りがした。休憩室にいた全員が少しずつ嗅ぎ、「大丈夫そう」と言う。

それでも念のため鍋で加熱した。透明な液体から白い泡を取り、冷ます。

完成の日、炭酸水で割って皆へ配った。絃の分だけ少し濃くする。

「会社の味がする」

「どんな味」

「いろんな人が振った味」

奈月は祖母にも一本届けた。祖母は一口飲み、「氷砂糖が多い」と言った。

翌年、職場で二瓶仕込んだ。一つは奈月、もう一つは絃の配合。

窓辺で氷砂糖が溶けるたび、青梅の緑が少しずつ褪せる。硝子へ手を当てて揺らすと、初夏の冷たい香りが昼休みの部屋いっぱいに広がった。

絃の瓶は氷砂糖が少なく、酸味の強い仕上がりになった。二種類を半分ずつ混ぜると、祖母も納得する味になる。職場では配合に〈窓辺ブレンド〉と名前がついた。夏の最終出勤日、空になった瓶を洗う。梅の皺がつけた跡と、揺らした人の指紋が硝子に残る。奈月は完全に磨かず、来年まで棚へしまった。冬、瓶を取り出すと香りは消えていたが、傾けた瞬間、氷砂糖が底を滑ったような小さな音がした。初夏を待つ器の音だった。

翌六月、二人は空瓶を窓辺へ戻した。梅を入れる前の硝子にも、陽射しが緑に見える。最初の一粒が底へ落ちる音で、休憩室にまた初夏が始まった。

絃が瓶を一度揺らし、奈月が日付を書く。氷砂糖の角へ梅が当たり、涼しい音がした。