止まった昇降箱
山荘ホテルの朝食前、配膳用昇降機が二階と三階の間で止まった。小窓から覗くと、宿泊客の保科が箱の中で首を折っている。巻上機を無理に動かせば箱が落下するため、消防がワイヤを固定するまで遺体は動かせない。
深夜に昇降機へ近づけたのは、菓子係の小野寺、三階担当の生田目、三〇七号室の客・粟国だった。保科は粟国の会社を恐喝していたが、小野寺とも厨房の横流しをめぐって争い、生田目には執拗な苦情を入れていた。三人とも、停止音を聞いた時刻を午前零時十分だと証言した。
小野寺は「厨房で殴られ、粉だらけのまま箱へ入れられたのでは」と言った。生田目は三階の扉は開けていないと述べ、粟国は部屋から一歩も出なかったという。箱の中では銀盆が遺体の膝へ立て掛かり、揺れるたび小さく鳴った。ホテル側は早く巻上機を動かしたがったが、私は宙にある配置こそ崩してはならないと止めた。三つの点だけを確かめれば足りた。
第一。モーターもワイヤも正常で、上側の案内レールに銀のデザートフォークが噛み込んでいた。フォークは三階の扉から差し込まれた向きである。
第二。保科の肩と髪には小麦粉が積もるのに、靴底には一粒もない。厨房で歩いたのではなく、箱へ入ったあと、粉袋の置かれた上部通風口から振動で粉が落ちた。
第三。フォークの柄には「307」の刻印があり、夜のルームサービス票には粟国が同じ一式を受け取った署名がある。返却欄だけが空白で、三階の廊下カメラに小野寺と生田目は一度も映っていない。
粟国はフォークを盗まれたと言い、閉じた客室の扉を振り返った。箱の銀盆が、また一度だけ鳴った。
保科は厨房で殺されたのではない。粟国が三階で首を折り、扉から遺体を箱へ押し込んで下降させ、三〇七号室のフォークを案内レールへ差して途中停止させた。肩の粉は、停止後の振動で上から降っただけだから小野寺を示さない。フォークの向きが操作階を三階に限定し、刻印と未返却票が持ち主を粟国に結ぶ。仕掛けは一本のフォークだけで、宙に止まった箱が犯人の階と部屋番号を同時に告げていた。 他の二人がフォークを三階側から差す機会も、三〇七号室の食器を持つ理由もなかった。