水たまりの朝刊

都丸紘が代配を頼まれたのは、台風明けの午前三時だった。川沿いの百二十軒。いつもの配達員が発熱し、古い順路帳だけがハンドルに挟まれていた。

最初の橋へ行くと、通行止めの柵があった。水は引き始めていたが、路面の端が見えない。店長は電話で「自転車なら脇を抜けられる」と言った。朝刊が遅れれば不着の電話が鳴る。紘は柵を動かさず、順路帳を開いた。

帳面は一筆書きのように橋を二度使う。だが町を逆から回れば、橋を渡らずに九十軒へ入れる。問題は折込だった。地区ごとに広告が違い、束の順番は通常ルートに合わせてある。紘は濡れない軒下で新聞を四つの地区に分け、束の帯へ油性ペンで印を付けた。

新人アルバイトが、近い家から配ろうと言う。

「近い順だと、最後に坂の上が残る。夜明け後は工事車両が入って道が塞がる」

紘は坂を先にした。順路帳には書かれていないが、台風の翌朝は土木会社が動く。新聞より早い仕事がある。

途中、門の前に大きな水たまりができた家では、いつもの投函口まで近づかなかった。石垣の一部が膨らんでいる。崩れる前兆だった。新聞を防水袋に入れ、隣の通用口へ掛け、販売店から住人へ電話してもらった。

六時十二分、最後の一部を配り終えた。橋向こうの三十軒は、別支店が対岸から受け持った。店長は、不着が一件もないことより、崩れかけた石垣の連絡に驚いていた。

地区を分けたのは配達のためだけではない。折込には町内の避難所案内もあり、別地区へ混ぜれば、必要な家に違う地図が届く。紘は束を数え直し、余った一枚を「予備」にせず販売店へ戻した。数が余るときは、どこかで一軒分を飛ばした可能性がある。

紘が店へ戻ると、昼の集金袋が机に並んでいた。濡れた順路帳を乾いたものと交換し、彼は新しい余白に「台風時・橋を使わない順」と書いた。次の代配者が、同じ水たまりで考え直さずに済むように。

店に残った一部も濡れていないか開いて確かめた。読者へ届く紙だけでなく、配れなかった理由まで朝のうちに揃えるのが代配だった。