汗を食べる白い粉
真夏の騎士叙任式では、貴族たちの化粧が十分で崩れた。
額の油で白粉は筋になり、頬紅は襟まで流れる。それでも宮廷工房は、香油をさらに塗れば乾燥を防げると言い、毎年同じ失敗を繰り返していた。今年は隣国の使節が見守る。王女の顔が崩れれば、王家の威信まで笑われる。
米粉屋の娘として雇われたオルカは、前世では放送用化粧品の開発補助だった。彼女が持ち込んだのは高価な宝石粉ではなく、何度も洗って乾かし、目の細かい布を七回通した白い澱粉だった。
工房長は指でつまみ、鼻で笑う。「菓子の粉を顔に?」
オルカは同じ澱粉を、粗いままの皿と七回ふるった皿へ分けた。黒い板に吹きかける。粗い粉は白い塊で落ち、細かな粉は薄い霧になって均一に広がった。
王女の右頬には従来粉、左頬にはオルカの粉を同じ重さだけ載せた。香油は加えない。叙任式の予行として、魔導炉を焚いた中庭を三十分歩く。
戻った王女の右頬には汗の川が二本できていた。左頬は薄い艶だけで、布を軽く当てると白粉の下の紅まで残った。近衛隊長が時間を記録する。従来粉の直しは十五分、オルカの粉は鼻先を一度押さえるだけで二分もかからない。
工房長は粉が軽すぎて風で飛ぶと難癖をつけた。王女は兜の面頬を三度上げ下げし、馬で中庭を一周した。それでも左頬は斑にならない。
本番、百二十人の騎士が炎天下に並ぶ間、使節の視線は王女から離れなかった。式後に化粧室へ戻っても、化粧直し用の時間は丸ごと余った。
侍女が白布で王女の額を押さえる。従来なら紅と白粉で布が地図のように染まるところ、付いたのは透明な汗だけだった。使節夫人たちはその布を見て、式典用に自国へ持ち帰る分まで注文札へ書き込んだ。合計はその場で九百箱に増える。
王女は余った十五分で使節との会談を始めた。例年は化粧直しで遅れていた王女が先に席へ着いたため、交渉の主導権まで王国へ戻る。彼女は工房長の契約書を静かに閉じた。
「この粉を近衛全員へ五百箱。製造責任者はオルカです」