洗濯表示のないパーカー
共同洗濯機が壊れた夜、柏木拓海は自分の服だけ袋へ詰めた。
翌朝の面接で着るシャツがある。ほかの住人の洗濯物まで構っていられない。ところが玄関には、すでに三つの大袋が並んでいた。
「コインランドリー、車で行くんだろ」
橘田匠が鍵を振った。
「俺の車じゃない」
「カーシェアは荷物の重さで追加料金を取らない」
拓海は断ろうとしたが、匠は共同費の財布から洗剤代を抜き、袋を荷室へ積んだ。二人は半年前まで同じ職場にいた。拓海が上司と揉めて退職したとき、匠は送別会にも来なかった。それ以来、家の中でも会話は短い。
深夜のランドリーは空いていた。白物、色物、乾燥不可。二人で床に袋を広げる。
「これ誰の」
匠が黒いパーカーを持ち上げた。タグが切られ、洗濯表示がない。
「俺の」
「高いやつ?」
「元会社の記念品。捨て忘れた」
背中には企業ロゴが大きく刺繍されている。拓海は面接へ行くたび、それを部屋着にしていた。腹立たしさを残すためなのか、戻りたいのか、自分でも分からない。
匠はネットへ入れ、弱水流の機械に放り込んだ。
「あの日、送別会に行かなかったのは、上司を殴りそうだったから」
「俺のために?」
「自分のため。前から嫌いだった」
乾燥機が回る十五分、二人は自販機のコーヒーを飲んだ。それ以上、会社の話はしなかった。
洗濯物を畳む段になると、誰の靴下か分からないものが続出した。匠は片方ずつ食卓のように並べ、拓海が柄で組み合わせた。洗濯表示のないパーカーだけは乾燥機に入れず、二人で端を持って皺を伸ばした。
帰宅は午前二時を過ぎた。拓海は自分の袋を部屋へ運び、面接用のシャツをハンガーにかける。黒いパーカーを捨てようとして、ロゴの上に布用テープが貼られているのに気づいた。
〈共同作業用〉
匠の字だった。拓海は剥がさず、パーカーを洗濯室のフックへ掛けた。翌朝、面接へ出るとき、乾いた住人たちの服はそれぞれの部屋の前に置かれていた。拓海の袋だけはなく、代わりに空の洗濯籠が玄関で、次の当番を待っていた。