海底牢から歩いて帰る

「能力なしの陸者が、海神裁判を受けられるだけ感謝しろ」

鎖を巻かれた大庭蒼は、満潮を待つ石牢へ放り込まれた。

潮王国では、海を渡る許可を持たない者は密航者として沈められる。転移した蒼は浜辺で倒れていただけだが、王子の船を襲った嵐の責任まで負わされた。

牢は干潮時だけ姿を見せる岩礁の底にある。

遠くの船上には裁判官と貴族たち。海面が天井へ近づくたび、歓声が上がった。

水が胸まで来たとき、蒼の中に力が目覚めた。

《海路開帳》

海に隠された一本の道を、一度だけ地上へ開く。

逃げ道を作る能力だと思った。

けれど蒼の足元から聞こえる低い鼓動が、もっと深い場所を示していた。王国の歴史書には「海神が王家へ海を授けた」とある。ならば、海が隠している道の先に何があるのか。

蒼は鎖を握り、能力を使った。

海が左右へ退いた。

牢の周囲だけではない。水平線まで巨大な水壁が立ち上がり、海底に白い石畳の道が現れる。沈没船、珊瑚の森、眠っていた巨大魚が陽光の下へさらされた。

石畳の先には、王都より大きな神殿が沈んでいた。

正面扉が開く。

中から青銀の海竜が這い出し、波より高く首をもたげた。王国が三百年討伐対象としてきた海淵竜だ。船上の魔導砲が一斉に向けられる。

しかし海竜は蒼を襲わなかった。

石畳を進み、彼の前で額を伏せた。角には古い王冠が掛かっている。そこへ刻まれていたのは、現王家ではなく、滅ぼされた海神祭司の紋章だった。

潮王の持つ海位測定盤が勝手に鳴る。

《海路権限・始祖級》

表示の直後、水晶盤は内側から砕け、青い光となって蒼の鎖を溶かした。

船上の王子が叫ぶ。

「道を閉じろ! 王都が海底を見てしまう!」

蒼は何もしなかった。

すでに一度きりの力は使い終えている。

ただ、海底の道を歩き始めた。

その一歩に合わせ、海竜も、珊瑚の森の魚群も、左右の水壁の向こうにいた無数の海獣も頭を垂れる。

船上では潮王が玉座から立ち上がっていた。

沈められるはずだった男を、今や海そのものが王都へ迎えようとしていた。