消えた立会人

交通局の臨時職員、宇賀神千紘は、来訪者の名札を返してもらう仕事をしていた。重要な仕事だとは誰も言わなかった。だからこそ、誰が何時に帰ったかを覚えているのは、たいてい千紘だけだった。

バス車庫の燃料入札の日、監査立会人は十四時六分に名札を返した。家族が倒れたらしく、青ざめた顔でタクシーへ乗った。開札は十四時三十分からだった。

翌朝、千紘が議事録を綴じると、立会人欄には本人の署名があった。『開札の全過程に立ち会い、適正であることを確認した』。署名の横には十五時十分と手書きされている。

千紘は契約課長へ伝えた。課長は、立会人はいったん戻ったのだと言った。

「名札なしで裏口から入ったんでしょう」

「裏口も入退室カードが必要です」

「細かいことはいい。署名がある」

燃料単価は三社が一リットル当たり〇・一円ずつ違い、前年二位の会社が今年は最安だった。議事録がなければ、落札の手続きは進められない。署名は、順番を守るために後から足されたのだ。

最終決裁会議で、局長が議事録を確認し、契約書へ手を伸ばした。千紘は名札返却簿の原本を差し出した。立会人自身の筆跡で、十四時六分と書かれている。さらにカードシステムの記録は、その後の再入館がないことを示していた。

「この方は、開札が始まる二十四分前に庁舎を出ています」

課長が「記録の誤りだ」と声を上げた。局長は二枚の署名を並べた。同じ名前。一方は十四時六分の退出、もう一方は十五時十分の立会い完了。

局長の親指が決裁印の柄から離れた。

局長は会議室の電話を立会人本人へつながせた。本人は病院から、開札には立ち会っておらず、議事録にも署名していないと答えた。署名見本として使われたらしい書類は、先月の監査報告書だった。千紘が二枚を重ねると、文字の傾きだけでなく、最後の点の位置まで一致した。手書きに見えた署名は、縮小コピーを貼り付けたものだった。

誰も帰っていないことにした会議で、初めて手続きそのものが止まった。