消された赤字と版管理
発売判定会議の直前、戸成ディレクターは青柳理人の椅子を蹴った。
「新人のくせに重大不具合を残したな。立って説明しろ」
大型画面では、主人公が壁を抜けて奈落へ落ち続けている。理人が昨夜直したはずの箇所だった。
「修正版は提出しました」
「嘘をつくな。君のコードはいつも汚い」
戸成は部署全員の前で、理人の社員証を机へ放った。普段から彼だけを打ち合わせに呼ばず、質問すれば〈検索もできないのか〉と社内チャットへ晒していた。
「今回は損害が大きい。始末書を書いて、試用期間で消えてもらう」
そこへ、配信会社の技術監査員が接続した。発売延期の原因を確認するため、開発履歴を共同で見ることになっていた。
戸成は余裕の笑みを浮かべる。
「ご覧のとおり、新人のミスです。管理者である私が履歴も確認しました」
「では、版管理の署名を展開します」
画面に、昨夜の変更が時刻順で並んだ。
午後十一時四十二分。青柳理人、不具合修正。
午後十一時五十八分。自動試験、全項目合格。
午前零時十三分。戸成壮介、修正を取り消し。
その変更理由欄には、短い文が残っていた。
〈新人のせいにする用。会議後に戻す〉
戸成の笑顔が止まった。
「そんな欄は、誰でも書き換えられる」
「変更理由には管理者の電子署名が付きます。あなたの社員証と指紋認証です」
監査員が次の記録を開く。戸成は不具合を戻した後、理人を会議から外す設定まで追加していた。さらに社内チャットで、部下へ〈青柳を笑っておけ。孤立させれば勝手に辞める〉と送っている。
「指導だ。チームの空気を守るために――」
「製品を壊して守れる空気はありません」
理人は自分の修正版を再適用した。画面の主人公が床へ着地し、何事もなかったように走り出す。自動試験の表示が、緑色の〈合格〉で埋まった。
人事責任者が会議室の後方から立ち上がる。戸成はそこで初めて、発売判定会議に人事が同席していたことに気づいた。
封筒から出された通知書の件名が、画面へ映る。
「戸成壮介。意図的な製品破壊および継続的なハラスメントにより、即時解雇とします」