消灯後の点呼
総一郎は、恋バナが始まる三分前から寝たふりをしていた。
男子部屋の恋バナは、だいたい悪口の形をして始まる。「誰が一番かわいいか」ではなく、「誰ならぎりぎり付き合えるか」。名前を出した者から枕を投げられる。総一郎はその騒ぎに加わる勇気も、聞かない勇気もなかった。
「総一郎って、誰が好きなんだろうな」
自分の名前が出て、呼吸を止めた。
「旅行委員の子じゃね? 今日、点呼のたび見てたし」
当たっていた。
昼間、彼女は制服ではなく、橙色の上着を着ていた。人数を数えるたび、その色が人混みの中で灯台のように見えた。総一郎は班が違うのに何度も振り返り、とうとう友人に「迷子か」と笑われた。
彼女は集合のたびに人数を数え、最後に必ず総一郎の顔を見た。欠けている一人を探す目だっただけなのに、その一秒を一日中待っていた。
「本人に聞けよ」
「寝てるだろ」
「じゃあ、好きなら寝返り一回」
布団の中が急に暑くなった。動けば認めることになる。動かなければ、彼女を好きではないことになる。総一郎は右肩に体重をかけたまま耐えた。
そのとき、戸を叩く音がした。
先生が入ってきて、懐中電灯で布団を数える。一、二、三。総一郎のところで光が止まった。
「こいつだけ妙に行儀よく寝てるな」
誰かが吹き出しそうになり、咳でごまかした。
先生が出ていく。足音が廊下の先へ消えるまで、全員が黙っていた。
やがて隣の布団から小さな声がした。
「別に、言わなくてもいいからな」
からかっていた声とは違った。
「好きなまま帰ってもいいし、明日言ってもいい。お前が決めればいい」
別の誰かが「でも寝返りはしろ、床ずれする」と続けた。
総一郎は目を閉じたまま、ゆっくり仰向けになった。
部屋のあちこちで、枕を叩く音がした。笑い声はない。拍手の代わりだった。
「起きてる」
総一郎が言うと、今度こそ全員が笑った。
翌朝の点呼で、彼女はいつものように最後に総一郎を見た。彼は初めて、数えられる前に手を挙げた。