温室に四度目の春

理科の先生が退職すると聞き、園芸部の生徒は白い花を贈ろうと決めた。

先生が若い頃、最初に育てたという花だ。

だが球根を植えたのは三月で、退職式まで一か月しかない。普通なら咲くのは初夏だった。

校舎裏の古い温室では、外の十分が、中の一日になった。

生徒は昼休みのたびに二十分だけ入り、二日分の水やりと換気をした。

最初は便利だと思った。

一週間で温室の中には二週間が流れ、芽が土を押し上げた。

けれど植物だけでなく、蜘蛛の巣も、落ち葉も、錆びた棚も早く古くなった。

毎日通ううち、生徒の靴底には一か月分の土が付き、手帳には温室で過ごした日数だけ小さな印が増えた。

先生は何度も「間に合わなくてもいい」と言った。

その言い方が、生徒には寂しかった。

先生は授業でいつも、失敗した実験の方を丁寧に説明した。

咲かなかった花にも理由があり、理由を知ることが次の季節になる、と教えてくれた。

退職式の前日、蕾はまだ固かった。

生徒は温室で十日を過ごした。

朝夕を繰り返し、水をやり、窓を開け、閉めた。

最後の夜、眠気に負けて床へ座ると、先生が昔残した観察ノートを見つけた。

最初のページには、同じ白い花の絵。

その横に、

「退職する先生へ。間に合わず、蕾のまま渡した」

と書かれていた。

先生もまた、生徒だった頃に同じことをしたのだ。

生徒は温室を出た。

外では百十分、一時間五十分しかたっていない。

蕾は開かなかった。

退職式で、生徒は鉢をそのまま渡した。

「咲かせられませんでした」

先生は蕾を見て笑った。

「私も昔、同じ失敗をしました」

「知ってます」

「では、これは失敗ではなく、引き継ぎですね」

先生が去って三日後、花は咲いた。

園芸部は写真を送り、先生から返事が来た。

「こちらでも春になりました」

温室は老朽化で取り壊された。

生徒たちは球根を分け、家や学校の花壇へ植えた。

同じ日に咲くことはなかった。

それでも春が少しずつずれて訪れるたび、誰かが先生へ写真を送った。

教わった時間は一か月より長く、花の命より短い。

だから次の人へ渡すのだと、生徒はようやく分かった。