炭鉱に降った雪
炭鉱の最深部で白狼を見た者は、山が崩れる前触れだと言う。
その日、坑夫たちは道具を捨てて坑道を駆け上がった。闇の奥に、黒い獣が二つの金眼を光らせていたからだ。
荷運びのガレスだけが残った。正規坑夫ではない彼に避難用の昇降籠の席はなく、「最後に歩いて上がれ」と置いていかれたのだ。
「黒く見えるけど、煤だな」
近づくほど、獣の本当の毛色が分かった。背も腹も煤で塗りつぶされているが、耳の内側だけ雪のように白い。白狼は右の前足を抱え、壁際へ身を押しつけていた。
ガレスは魔力を持たず、採掘隊では役立たず扱いだった。その代わり、足元を見る癖がある。落石も、切れた支柱も、仲間の靴底の傷みも、誰より早く見つけてきた。
白狼の肉球には、透明な水晶片が刺さっていた。美しい結晶の先には血がつき、その周囲だけ煤が涙の筋のように流れている。
「光って目立つものほど、厄介なんだよな」
彼は兜を脱ぎ、残り少ない飲み水を注いだ。白狼が牙を見せる。
「噛むなら左腕にしてくれ。右は荷車を引く」
冗談は通じなかったらしい。だが噛まれもしなかった。
ガレスは鉱石用の細い挟みで水晶片をつかみ、息を合わせて引き抜いた。傷へ清潔な苔を当て、自分の手拭いで固定する。次に煤を払うと、坑道の闇へ白い毛が少しずつ現れた。
地上から班長の声が響いた。
「ガレス! 神獣を追い立てろ! それができたら正規坑夫にしてやる!」
白狼が耳を立てる。
ガレスは笑って、空の水筒を腰へ戻した。
「今さら結構です。怪我人を置いて逃げる班には入りません」
白狼は立ち上がり、傷のない足で坑道の壁を一度掻いた。そこから青白い鉱脈が走り、暗闇を昼のように照らした。山守の神獣が認めた者だけに見せる、王晶の大鉱床だった。
班長は途端に「我が採掘隊の発見だ」と叫んだ。だがガレスは鉱脈より先に、白狼の包帯を確かめた。白狼も班長には一度も目を向けない。
白狼は満足そうに伏せ、彼の腿へ大きな頭を載せる。煤の下から戻った白毛は炭火より穏やかに温かく、鉱石袋より重いその頭を、ガレスはいつまでも退ける気になれなかった。