点滅四回目
轟木実花は、母校の前の横断歩道を二十二年ぶりに渡った。
編集者として取材に来ただけだった。校舎は建て替えられ、制服も変わっている。だが歩行者信号が点滅を始めると、胸の奥に古い痛みが戻った。
高校二年の冬、同じ場所で、実花は友人を置いて走った。
友人はクラスで無視されていた。机に落書きをされ、体育着を隠されても笑っていた。実花は放課後だけ話した。学校の外なら親友、教室では他人だった。
友人はよく消しゴムを半分に切り、「なくしたら使って」と実花へ渡した。実花の筆箱には、その半分が二十二年たっても残っている。使わなかったのではない。使うたび、あの日を思い出すので、使えなかった。
あの日、信号待ちの背後で、同級生が友人をからかった。
「轟木も、こんなのと歩くんだ」
実花は点滅する青を見て、「急ぐから」と一人で渡った。
翌週、友人は転校した。
信号が一度、二度、三度と点滅する。
四度目で、実花の足元から冬の匂いが立った。
制服のスカートが膝に触れている。背後では、あの日の笑い声がした。
信号が赤になるまで、過去にいられる。
友人が俯いている。実花はもう一度、横断歩道へ足を出しかけた。
怖さまで十七歳に戻っていた。二十二年後の勇気を持ち込めるわけではないらしい。
「急ぐから」
同じ言葉が口から出た。
友人の肩が小さく沈む。
実花は続けた。
「一緒に走って」
手をつかんだ。
友人は驚き、同級生たちは笑った。二人で走れば間に合う距離だったのに、実花はわざとゆっくり歩いた。
信号が赤になる。車のクラクションが鳴り、二人は中央分離帯で立ち止まった。
「ごめん」
実花が言うと、友人は泣きながら笑った。
「遅い」
赤い光が瞬き、実花は現在へ戻った。
横断歩道の向こうに、一人の女性が立っていた。取材先の校長だ。名札に、友人の名字がある。
女性は実花を見て、首を傾げたあと、ゆっくり笑った。
「轟木さん。昔から信号、渡るの遅かったよね」
実花は取材用の名刺をしまった。
「今度は、待たせない」
二人は青になるまで、同じ側で話し続けた。