無罪の返還
伊佐山啓真は月曜の朝、自転車の駐輪違反を寿命十八分で払った。反則金三千円より安い。確認を押すと、残量が少し減り、《社会秩序へのご協力に感謝します》と表示された。
昼、裁判所から別の通知が届いた。
《再審無罪が確定しました》
《刑罰寿命十二年を原所有者へ返還します》
弟の蓮爾は六年前、父をひき逃げしたとして有罪になった。車内映像が見つかり、真犯人が判明したのは先月だった。
寿命による刑罰は、被害者遺族へ移転される。判決が覆った場合、その年月を受取人から即時返還する。それだけの規則だった。
父の遺族代表は母だった。
啓真は病院へ電話する。母は移転された十二年を使い、心臓移植後の治療を続けていた。本来なら四年前に死んでいたと医師から聞いている。
端末に返還処理が進む。
《受取残高:七年三か月》
《返還必要量:十二年》
《不足:四年九か月》
「止めてください。弟も望んでない」
裁判所の音声は平坦だった。
《無罪者から奪った寿命を第三者が保持することはできません》
「足りない分は俺が払う」
《受取人本人から回収します》
病院の画面で、母の残量が減り始める。
七年。
三年。
百日。
二時間。
啓真は仕事を放り出し、病院へ向かった。再審で釈放された蓮爾からも通話が来る。
『兄ちゃん、母さんに何が』
「お前は悪くない」
『俺が返還を断る』
「原所有者の意思は関係ない」
それが最も残酷だった。弟を救う無罪判決が、母を殺す。
病室へ着くと、母は目を開けていた。
「蓮爾、帰ってくるんでしょ」
「今、向かってる」
残り七分。
母は笑った。
「十二年、長かったよ。二人の顔も見られた」
「父さんを殺したやつから取ればいい」
「その人にも、もう残ってないんじゃない」
残り一分。
蓮爾の足音が廊下から聞こえる。
母は扉の方へ顔を向けた。
《返還完了》
心電図が一直線になる。
一秒後、蓮爾が病室へ飛び込んだ。
彼の手首には、奪われていた十二年が戻っていた。
母が使い切った四年九か月まで、制度は「不足債権」として蓮爾の口座へ記録した。
無罪になった弟は、自由と同時に、母から返してもらえない寿命の債権者になった。