燕の縫い目

駅前の仕立屋で働く女性は、町を出る日の面接に、亡き母の外套を着ていくつもりだった。

母はその店の職人で、娘が都会へ行くと言うたび、

「この町で十分」

と反対した。

外套の袖は長く、裏地が裂けている。

直そうと針を通すと、窓から小さな女が飛び込んだ。黒い髪を二つに分け、背には燕の羽がある。

子どもの頃、娘は落ちた燕の雛を帽子へ入れ、軒下の巣へ戻した。

その雛だという。

「旅立つ日に着る服だけ、夜明けまで縫えます」

燕の女は、母の古い糸箱を開いた。

外套を都会風に短くしようとする娘を止め、

「どこへ行く服か、先に言って」

と尋ねた。

「新しい職場」

「何を捨てて?」

「この店と、母の期待」

燕は針を止めた。

「捨てる物を着て行くの?」

娘は腹を立てた。

母の外套を着たいのは、許してほしいからではない。母へ見せつけるためだった。

町に残らなくても、自分は失敗しない。

そう証明したかった。

燕は裂けた裏地から、小さな紙片を見つけた。

母の字で、

「袖を詰める。旅用」

とある。

母は、生前ひそかに外套を直し始めていたらしい。

反対しながらも、娘が出ていく日の準備をしていた。

途中で病気になり、完成しなかった。

「だったら、行っていいって言えばよかった」

娘が言う。

燕は、

「鳥は巣立つ日を知っても、鳴いて引き止めることがあります」

と答えた。

「それは、行かせたくないから?」

「寂しいから。違うことです」

二人で袖を詰めた。

燕の縫い目は細く、娘の縫い目は曲がった。

母が始めた部分と、新しい部分の境目を隠さず残した。

夜明けの列車が遠くで鳴る。

燕の女は小さな鳥へ戻った。

「恩返しは、服を直すこと?」

「巣立つ人が、巣を壊して出なくてよいようにすることです」

面接で、娘は母の店を辞める理由を尋ねられた。

「嫌いだからではありません。好きなまま、別の場所で腕を試したいからです」

用意していなかった答えだった。

採用され、町を出た。

仕立屋は閉めず、母の弟子へ譲った。

帰省するたび手伝い、都会で覚えた縫い方も教える。

外套の袖には、三種類の縫い目がある。

母、燕、自分。

どれが旅立ちを許した線ではない。

寂しさを切り落とさず、動ける長さへ直した線だった。