牛乳一本分の別れ
転校の日、鳥飼の給食には牛乳が二本あった。
配膳係の間違いではない。向かいの席の友達が、自分の分を勝手に置いたのだ。
「最後だから」
「最後でも二本は飲めない」
「前に三本飲んだ」
「あれは罰ゲーム」
「今日は送別ゲーム」
鳥飼は冷たい牛乳瓶を両手で一本、ゆっくり押し返した。友達はまた戻す。机の中央で牛乳瓶が往復し、シチューの皿にぶつかりそうになる。
「持って帰れないよ」
「飲めば」
「お腹壊す」
「向こうの学校、明日からでしょ」
「移動中に壊すんだよ」
「記念になる」
「最悪の記念」
周りが笑った。
送別会は放課後にする予定だった。色紙も歌も用意されているらしい。鳥飼は、そういう場で泣かないよう、朝から何度も深呼吸していた。
だから昼休みは、いつもどおりでいてほしかった。
友達は牛乳を自分の机へ戻さず、ストローだけを二本刺した。
「半分ずつ」
「一本ずつ飲むのと同じ」
「同時に飲めば早い」
二人で一本の瓶を挟み、別々のストローから吸う。周りが「新婚か」と騒ぎ、鳥飼は笑ってむせた。白い飛沫が机へ落ちた。
友達も笑いながら、突然言った。
「お前、向こうで友達つくるなよ」
「無理」
「即答すんな」
「じゃあ君も、こっちでつくらないで」
「もういる」
「誰」
「お前」
「転校するよ」
「知ってる」
牛乳瓶の底が見えた。
二人で吸うと、最後の泡が大きな音を立てた。教室中がまた笑った。
放課後の送別会で、鳥飼は泣かなかった。色紙を受け取り、歌を聞き、笑って手を振った。
けれど新幹線の中で、売店の牛乳を見た瞬間、急に涙が出た。
一本だけ買った。
座席のテーブルへ置くと、向かい側は空いている。ストローを刺し、半分飲んで止めた。残りはぬるくなり、結局飲み切れなかった。
何年かして、鳥飼は別れの日の言葉をほとんど忘れた。
それでも、牛乳一本を二人で飲むには、ストローが二本必要だったことだけは覚えている。
別れは大きな行事ではなく、空いた向かいの席に、半分だけ残る味なのだと思う。