狼のための目隠し塀

獣使いバシュが公爵家を解雇されたとき、最後までついてきたのは銀狼のシグだけだった。

与えられた土地には、野原の真ん中に丸い温泉が湧いている。湯は澄み、広さも十分。ところがシグは前脚だけ浸して、すぐ飛び出した。

周囲の枯れ木では、黒い嘴の鳥が十羽もこちらを見ている。

「見られるの、嫌か」

狼は鼻を鳴らした。公爵家では命令に従わせることばかり求められたが、バシュは獣の嫌がることを覚えるほうが得意だった。

最初の仕事は、温泉を囲う目隠し塀に決まった。

公爵はシグを「命令一つで噛みつく銀の武器」と呼んだ。だが狼は戦いのあと、人の視線が多い場所で水さえ飲めなくなった。バシュがそれを報告すると、調教不足と笑われた。ここでは怖がることを欠点にしない。安心できる形を、先に人間の手で用意する。

川辺の葦を束ね、細い柳枝で編む。四方すべてではない。風の通る南を残し、鳥が集まる北側だけを高くした。杭を打つたび、乾いた土がこん、と鳴る。

最後の束を結ぶと、野原の一角に小さな部屋ができた。見張っていた鳥たちは塀の向こうが見えなくなり、つまらなそうに飛び去った。シグの伏せていた耳が、ゆっくり起きる。バシュはそれを見て、立派な塀より先に、この変化こそ完成の合図だと思った。

バシュが先に湯へ入る。シグは塀の外を一周し、安全を確かめてから、そっと身を沈めた。銀毛が湯の中でゆらぎ、やがて大きな鼻から満足そうな息が漏れる。

ぶふう。

湯気が狼の耳を包み、バシュは思わず声を上げて笑った。

火の上では川魚が焼けている。皮がぱりぱりと縮み、脂が炭へ落ちて香ばしい煙を立てた。

そこへ公爵家の鷹が舞い降り、命令書を塀の杭に結びつけた。

『魔獣が暴れている。直ちに戻り、従わせよ』

バシュは封を見ただけで、魚を半分に割った。骨を外した身を木皿へ置くと、シグが湯から上がって鼻を寄せる。

「今日はもう、誰にも無理をさせない日だ」

命令書は風に揺れたまま。バシュは温かい魚を狼と分け、目隠し塀の内側で初めての夕暮れを迎えた。