玄関前の退院

常盤真白が玄関を開けると、義母が車椅子で待っていた。

隣には夫の浩毅、義姉、介護タクシーの運転手。足元には衣装ケースが四つと、折り畳まれた歩行器がある。

「退院できたんだ」

浩毅は明るく言った。

「今日から母さん、ここで暮らすから」

真白は初めて聞いた。浴室の手すりも、車椅子の動線も確認されていない。浩毅は妻の生活ではなく、玄関が広いことだけを受入れの根拠にしていた。

義姉は時計を見ながら鍵を差し出す。

「私は子どもの受験があるの。真白さんのマンションなら段差も少ないし、在宅で仕事してるでしょう」

義母も玄関の中をのぞき込んだ。

「南向きの部屋を使うわ。あなたの仕事机は寝室へ動かせばいい」

結婚以来、義母はこの家を「息子の家」と呼んだ。頭金もローンも真白が払っていると説明しても聞かず、合鍵を求め、断られると親戚に「嫁が息子を閉じ込めた」と触れ回った。

真白は運転手へ尋ねた。

「退院先の同意書はありますか」

運転手が困った顔で浩毅を見る。書類に書かれた住所は確かに真白の部屋だが、受入者の署名は空欄だった。

「家族なら問題ないと、ご主人が」

「問題あります。私は受け入れません」

浩毅が声を落とす。

「玄関先で恥をかかせるな。今夜だけでも」

真白は管理会社の担当者を呼んだ。このマンションは真白の婚前財産で、浩毅は前月、無断で義母の入居手続きを進めたことを理由に退去済みだった。離婚協議も始まっている。

さらに病院の退院調整担当へ電話をつなぐ。受入れ同意のない個人宅へ患者を残すことはできない。病院が確保していた短期入所先は、浩毅が「妻が看る」と断っていたが、まだ一床だけ空いていた。

義姉が後ずさる。

「費用は誰が払うのよ」

担当者は答えた。

「申込者であるご長男です」

運転手が車椅子の向きを変え、荷物を荷台へ戻した。

エレベーターの扉が閉じる直前、端末に新しい行き先が表示された。

《短期入所契約者 常盤浩毅》