白い棚を倒さない
依織は説明書を最後まで読む。妹の芹那は、完成図を見ればだいたい分かると言う。通販で買った白い棚は、二人の共同生活で初めての大きな家具だった。
棚を組み立てる目的は、玄関に積まれた靴を片づけること。依織はネジを番号順に並べ、芹那は板を壁に立てかけた。十分後、芹那が立てた板は倒れ、壁紙に細い傷をつけた。
「だから読んでって言った」
「読んでも落ちるときは落ちる」
「落ちないように読むの」
険悪な空気のまま、二人は作業を続けた。途中、母からビデオ通話が来た。画面の向こうで、母は笑いながら「ちゃんと仲良くやってる?」と言った。依織は「うん」と言いかけた。芹那が先にスマホを伏せた。
「今、そういうの無理」
「心配するでしょ」
「心配されるために暮らしてるわけじゃない」
依織は、母を安心させるのが長女の役目だと思ってきた。芹那は、安心させるための嘘が嫌いだった。二人の価値観は、棚の左右みたいにぴったり合わない。
最後の背板を入れるとき、棚全体がぐらついた。依織が説明書を押さえたまま動けないでいると、芹那が「持って」と言った。命令口調だったが、声は焦っていた。依織は説明書を床に置き、棚の右側を支えた。芹那は左側を押さえる。
「ネジ、どれ」
「六番」
「六って書いてあるやつ全部同じ?」
「違う。長いほう」
芹那は何も言わず、長いネジを渡した。依織が締め、芹那が支えた。棚は倒れなかった。
夜、二人は傷のついた壁に余った白いシールを貼った。母への返信は、依織が『棚を作った』と書き、芹那が写真を添えた。仲良くやっている、とは書かなかった。棚の一段目に、二人の靴べらを並べた。
次の日、母から『写真見たよ、立派だね』と返事が来た。依織は既読だけつけ、芹那はそのままにした。棚には片づいた靴だけでなく、余ったネジを入れた小袋も置いた。失敗の部品を捨てないことだけ、二人は珍しく同じ判断をした。
壁の傷は完全には隠れなかった。芹那は見るたびに笑い、依織は見るたびに少し落ち込む。それでも棚を支えたときの重さだけは、二人の記憶でずれなかった。