百本の刃を同じ鍋へ
戦場治療院では、助かったはずの兵が三日後に死んでいた。
「傷を閉じても膿む。戦神が魂を呼ぶのだ」
老軍医デッケルはそう言い、前世で救急外来にいた宗司を包帯運びにした。今週、矢傷から生きて戻った二十人のうち九人が高熱を出している。治癒魔法をかけた傷ほど早く塞がり、汚れまで中へ閉じ込めていた。
宗司が使ったのは一つ。使う前の器具を煮沸消毒すること。
血のついた鉗子も針も、これまでは布で拭くだけだった。宗司は大鍋に水を張り、百本の器具を沈め、ぐらぐら沸く湯の中で時間を測った。取り出した刃には素手で触れず、清潔な布の上へ並べる。
「刃を煮れば切れ味が逃げる」
デッケルが杖で床を鳴らした。
宗司は煮る前の鉗子を白布で拭いた。乾いた血が茶色い筋になり、甘い腐臭が立つ。湯から上げた鉗子では布は白いまま。見習い軍医たちは、昨日までその汚れを次の傷へ入れていたと気づき、誰からともなく鍋の周りへ並んだ。
その日の負傷兵は十二人。半分を宗司の器具で、半分を従来の器具で処置すると老軍医は言った。宗司は人を賭けにすることだけは拒み、十二人全員へ煮沸した器具を使わせた。
翌日、十二人の傷口は赤みが少ない。二日目、発熱は一人。三日目、その一人も食事を取った。
比較になる記録なら、壁に残っていた。先週は同じ程度の矢傷十二人のうち、発熱七人、死亡三人。今週は発熱一人、死亡ゼロ。薬草の量はむしろ二割少なかった。
デッケルは黙って一本の鉗子を持ち上げた。刃先は鈍っていない。血の匂いも、前の患者の脂も残っていなかった。
そこへ前線から早馬が到着した。夜までに負傷兵が百人運ばれてくるという。従来なら治療台を増やす命令が出るところだった。
総司令官ヴァルヘムは、宗司の鍋を見て命じた。
「台ではない。鍋を十基増やせ」
老軍医は反論せず、自分の軍医章を外した。宗司の胸へ留め、初めて頭を下げる。
「主任軍医殿。百本では足りません。次の百本も、同じ湯へ入れてください」
庭では兵たちが、治療院へ運ぶ大鍋を列にしていた。