盾を裏返す洗濯係
「布や板を裏返すだけの《表裏返し》? 無能だ。洗濯場へ送れ」
魔導院の実技審査で、大賢者ロスタムはメイファの杖を没収した。
《スキル:表裏返し――触れた薄い面状の物を、破らず裏返す》
紙、布、薄板。便利ではあっても火球一つ止められない。メイファは院塔の旗を洗う係にされた。
濡れた旗を返すと、表に付いた泥は裏へ回り、裏に隠れた刺繍が表へ出る。メイファは毎日、物の強さは変わらなくても、どちらを外へ向けるかで役目が変わると考えた。窓を覆う日除けも、雨除けにするには向きを変える。盾だけが例外であるはずはなかった。魔法の膜であっても、外を拒む面と内を守る面があるなら、それは巨大な一枚布と同じだ。正面から破れないなら、正面そのものを敵へ向ければよい。その発想だけは、誰にも取り上げられなかった。
その晩、塔を覆うほど巨大な鏡膜が空から降りた。
敵国の反射魔術《天蓋鏡》だ。外から放った魔法を術者へ返し、内側からは炎を落とす。ロスタムが雷を撃てば、雷は倍の太さで塔へ戻り、尖塔を砕いた。
「攻撃するな! 反射面がこちらを向いている!」
鏡膜の縁は地面まで閉じ、逃げ道もない。内側に浮かぶ敵術師が、次の炎を編み始める。
メイファは洗い終えた白旗を肩にかけ、鏡膜へ走った。
「面なら、表と裏があります」
「触れれば焼けるぞ!」
落ちてきた火の雨を旗で受け、焦げる布ごと鏡膜へ掌を押しつける。
冷たい水面のような感触がした。
「《表裏返し》」
世界が一度、まばたきした。
鏡膜の銀色が内側へめくれ、透明だった裏面が塔の外へ向く。敵術師が放った炎は、今度は内側の反射面に当たり、発生地点へそのまま返った。
叫び声とともに術式が崩れる。天蓋鏡は燃える紙のように縮み、夜空へ消えた。
メイファの手には、半分焦げた白旗だけが残る。
ロスタムは瓦礫から立ち上がり、没収した杖を両手で差し出した。
「私は盾を破ることしか考えなかった。お前は盾に敵を守らせた。洗濯係の命令は撤回する――魔導院防衛席、その第一位に座れ」