真ん中の一枚
榎並依子は左利きで、文字を書くたび手の側面を黒くした。
交換日記の最初の日、向かいの席の子が言った。
「私は前から書く。依子は後ろから書けば?」
冗談だったが、二人は本当にそうした。
相手は一頁目から、依子は最後の頁から。書き終えたら、机の中央でノートを滑らせる。頁が埋まるほど、二人の文章は真ん中へ近づいた。
右から読む日記と、左から読む日記。
表側には、授業中に笑ったこと、購買のパン、嫌いな先生。裏側には、家で怒られたこと、部活をやめたい日、誰にも言えない嫉妬。
同じ一冊なのに、どちらが表でどちらが裏かは決まらなかった。
二年目の文化祭準備中、残りは三枚になった。
「真ん中、どっちが書く?」
「先に着いたほう」
「ずるい。依子のほうが字が小さい」
「そっちは絵で一頁使うじゃん」
その夜、依子は最後から二枚目を埋めた。
――今日、看板の色で喧嘩した。
――本当は色なんてどうでもよかった。
――同じクラスじゃなくなったら、日記も終わる気がして怖かった。
翌朝、返ってきたノートには、前から二枚目が埋まっていた。
――私も怖い。
――でも、まだ真ん中がある。
中央の一枚だけが白い。
二人は放課後、誰もいない教室で同時に書くことにした。机を向かい合わせ、ノートを九十度回す。依子は下から、相手は上から鉛筆を進める。
――来年、クラスが離れても。
――この一冊が終わっても。
書き出しが中央で近づく。
依子は続きを考えた。毎日会う。次のノートを買う。廊下ですれ違ったら声をかける。どれも約束にすると壊れそうだった。
相手の鉛筆も止まっている。
二人は顔を上げ、同時に笑った。
「書けない」
「同じ」
依子は、自分の左手を紙の上へ置いた。相手も右手を置く。指先が中央で触れた。
鉛筆で互いの手の輪郭をなぞった。
頁の上には、左右から伸びた二つの手が残った。文章は一行もない。
その下へ、依子が小さく日付を書いた。相手が隣へ丸を一つ足した。
交換日記は、その頁で終わった。
次の日から二人は新しいノートを使わなかった。代わりに昼休みになると机をくっつけ、言葉を直接、真ん中へ置いた。
依子の左手はもう、インクで汚れなかった。
けれどあの一枚だけは、鉛筆の輪郭に何度触れても、二人の手の温度が残っている気がした。