眠りの外側で回る

 屋上の換気扇は、眠りの外側で回り続けていた。

 土岐の部屋は最上階に近く、風向きによって低い回転音が天井から降りてくる。ううん、ううん、と遠くで同じ円を描く音。エアコンが止まると聞こえ、動き出すと隠れる。窓には雨が当たり、雨が弱まるとまた換気扇が戻った。

 明日の午前、父の検査結果が出る。

 深刻ではないと本人は笑っていた。母も「連絡はお昼になると思う」と送ってきた。それでも土岐は、通知音を最大にしたスマートフォンを枕元へ置き、三分ごとに画面を見ていた。午前二時に連絡が来ないのは当然なのに、来ないことまで不安の材料にした。

 ううん。雨。沈黙。ううん。

 上の機械が一度だけ止まった。

 突然の静けさに、土岐は息を止めた。そのとき斜め下の部屋から、風呂の椅子を引く音が聞こえた。水が床へ落ち、排水口へ流れていく。短い鼻歌が二音だけ混じり、すぐシャワーの音に消えた。

 誰かが一日の終わりに髪を洗っている。検査結果も家族の事情も知らない誰かが、夜中の風呂を終えようとしている。

 土岐は母との最後のやり取りを開いた。「お父さん、もう寝たよ」という一文のあとに、湯飲みの写真が付いていた。見慣れた食卓の木目だった。父が眠っている時間まで、土岐が代わりに起きて守ることはできないし、その必要もない。

 換気扇はまた回り始めた。ううん、ううん。シャワーは止まり、配管を水が下りていく。音はそれぞれ別の部屋へ戻った。

 土岐は通知音を一段下げた。父から連絡が来たら気づく。来ない時間まで見張らなくても、結果は朝へ向かっている。

 スマートフォンを伏せると、画面の白さが消え、天井の暗さが均一になった。屋上の回転は、土岐のために続いているわけではない。だからこそ、土岐が眠れなくても責任を取らせなくてよかった。

 母との最後のやり取りには、父が病院の売店で選んだらしい変な猫のスタンプが付いていた。土岐はそれを開き直しそうになり、やめた。安心を使い切るように何度も確かめなくても、昼に届いた言葉は夜中に消えない。画面の下で、時刻だけが静かに進んでいた。

 雨がもう一度強くなる。ううん、雨、ううん。土岐はその順番を数えずに聞いた。心配を手放せなくても、今夜の数時間だけ一人で抱えたまま横になっていられると思った。