眠り屋の葬送曲
身元不明者の葬儀には、匿名作曲家〈SLEEP〉の曲がよく似合った。
葬祭員の白縫環は、黒い棺の前で再生ボタンを押した。参列者は刑事の宗方啓一人だけ。棺の男は郊外の倉庫で病死していたが、部屋から〈SLEEP〉の未公開データが見つかった。
匿名作曲家の正体かもしれない。
イントロは、乾いた指鳴らしと浅い呼吸。〈SLEEP〉は十年間、事件や事故で亡くなった人へ捧げる曲を投稿してきた。死因が公表される前に、歌詞へ正確な情景を入れることがあり、宗方は作曲家が事件に関わっていると疑っていた。
合成声が囁く。
「よく眠って」
環は棺の男の顔を見た。ありふれた中年男。けれど右手の人差し指だけ、何度も録音ボタンを押したように硬くなっている。
Aメロで、過去の曲に使われた息が次々と重なった。若い女。老人。子ども。〈SLEEP〉は「亡くなる前に本人から提供された」と説明していたが、同意書は一枚もない。
宗方が小声で言う。
「倉庫から、二十七人分の携帯電話が出た」
サビが開く。甘いコードの下で、息が苦しげな声へ変わる。鍵の音。ビニールが擦れる音。男の「静かにしろ」という囁き。
画面には、同じ一文。
「よく眠って」
棺の男が〈SLEEP〉だった。死者を悼んでいたのではない。自分が奪った最後の呼吸を加工し、匿名の美談として売っていたのだ。
宗方が再生を止めようとする。環は首を振った。データの末尾に、見覚えのない二十八番目のトラックがあったからだ。
最終サビで、二十七人の声が一斉に旋律を取った。生前の単語を継ぎ合わせた、不揃いな合唱。その中央で、棺の男の苦鳴が拍に切られている。彼が倉庫で倒れ、助けを求めた時の録音だった。
誰が編集したのか。画面の履歴には〈自動復元〉とだけある。男が被害者の声を分類するために作ったプログラムが、彼自身の最後の声を同じ規則で処理したのだ。
最後の一音で、合唱が囁く。
「よく眠って」
今度は犯人が死者へ与える言葉ではない。
二十七人の死者が、棺の中の作曲家へ返す葬送だった。
作曲者欄の〈SLEEP〉が消え、その下に二十七の本名が並ぶ。環は棺の蓋を閉じた。拍手の代わりに、錠のかかる音だけが響いた。