睡眠スコア零

午前三時三十三分、水科瑛の睡眠アプリが、睡眠中のはずの彼へ新曲を勧めた。

〈あなたのスコア:0〉

〈覚醒者限定トラック〉

瑛は開発責任者だったが、そんな機能を作った覚えはない。再生すると、枕元のセンサーが拾う寝返り音をキックに変え、呼吸の浅さをシンセへ重ねた。

「眠れないね」

その声は、半年前に死んだ妹に似ていた。重い不眠症だった妹は、瑛の試作アプリを使い始めてから毎朝「よく眠れた」と表示されるようになった。死亡した夜も睡眠スコアは百点で、朝の通知には花丸まで付いていた。瑛は心臓発作だと聞かされ、自分の技術だけは正しかったと信じてきた。

Aメロが進むと、画面に妹の夜間データが重なった。心拍は上がり、体は何度も起き上がっている。それなのに判定欄だけが深睡眠へ塗り替えられていた。会社が宣伝用の平均値を上げるため、長い覚醒を「静止」として除外する更新を入れていたのだ。

「眠れないね」

二度目のフレーズで、瑛は妹の部屋を思い出した。床に落ちたコップ。壁まで這った爪痕。彼女は眠って死んだのではない。発作で目覚め、助けを求めながら、アプリに眠っていると誤判定された。連携した見守りサービスは通知を出さなかった。

サビで、曲は全国の利用者の微小な物音を合唱へ変えた。咳、ベッドを叩く手、呼びかける声。百点の睡眠として処理された夜の裏側で、何千人もの覚醒がまだサーバーに残っている。

瑛が停止しようとすると、画面は自分の現在値を表示した。心拍百二十。体動あり。だが睡眠判定は〈深睡眠〉。会社の遠隔更新が、開発者である彼の端末まで監視対象から消していた。

最後の一音とともに、全データが監督機関へ送信される。作曲者欄には個人名ではなく、誤判定された利用者IDが並んだ。

暗い部屋で、瑛の端末が三度目の声を鳴らした。

「眠れないね」

妹が兄の夜更かしを心配する言葉ではなかった。眠っていることにされた人々が、私たちは起きていたと証言する一曲だった。