磨かれない月曜日

月曜の朝、笹貫ビルメンテナンスの契約先は、どこも少しだけ汚れていた。

玄関の指紋、廊下の紙くず、会議室の輪染み。いつもなら始業前に消えているものが、その日だけ残っていた。

秋鹿奏太は本社受付へ、清掃員四十二人分の鍵を運んだ。透明な袋の中で、鍵が重く鳴る。

笹貫太一社長は朝礼台から見下ろした。

「掃除なんて誰でもできる。今日来なければ全員クビだ」

「では、手間が省けました」

秋鹿は退職届の束を置いた。四十二人は顧客名簿を持ち出さず、各建物の管理会社へ自分たちの退職だけを伝えた。それでも契約先は、誰が毎朝最初に来て、誰が最後に異常を確認していたかを知っていた。

笹貫は清掃員を備品のように扱い、移動時間を勤務に含めず、洗剤代まで給料から引いた。それでも秋鹿たちは、病院、銀行、研究所の鍵を預かる責任だけは守り続けた。

午前九時半、契約先三社の総務責任者がそろって現れた。笹貫は待っていましたとばかりに頭を下げる。

「本日は人員が急病でして」

「急病ではありません。契約先の変更に来ました」

差し出された新契約書の受注者欄には、秋鹿たちが作った協同会社の名があった。各社は一か月前から、笹貫の無断値上げと人員削減を問題にしていた。

「建物を知っているのは、この人たちです。あなたの会社名ではない」

病院の責任者が言うと、笹貫は鍵袋へ手を伸ばした。

「鍵は会社の財産だ」

「もう違います」

秋鹿は受領書を示した。鍵はすべて契約先へ直接返却済みで、袋の中にあるのは笹貫本社の鍵だけだった。

そこへ労働基準監督署の職員が入る。過去の移動記録と給与台帳を確認する臨検だった。さらに、洗剤業者から支払停止の通知、銀行から主要契約喪失に伴う融資見直しの連絡が届く。

笹貫は窓の外を見た。向かいの銀行では、秋鹿たちが新しい制服で玄関を磨き始めている。

総務責任者が新会社の年間契約書へ三社同時に署名した。

その瞬間、街はいつものようにきれいになり、笹貫の会社だけが、誰にも片づけてもらえない負債として残った。