祝電の百四十字
杏珠のスマートフォンには、二件の未返信が並んでいた。
一件目は、翌週結婚する友人・芙美乃から。
〈席札、杏珠だけでいい? 悠生くん来られそうなら今日中に教えて〉
二件目は、その悠生からだった。
〈式のあと会えない? もう一度ちゃんと考えたい〉
三日前、杏珠は五年付き合った悠生に別れを告げた。嫌いになったわけではない。むしろ、結婚するなら彼だと思っていた。休日の過ごし方も、貯金の癖も、目玉焼きにかけるものも知っている。
ただ、彼が口にする「いつか」が、杏珠にはだんだん借金のように感じられた。いつか結婚しよう。いつか広い部屋へ移ろう。いつか子どものことも考えよう。杏珠が期限を尋ねると、悠生は「焦って決めることじゃない」と笑った。
二十九歳まであと四か月。焦っている自分が恥ずかしくて、杏珠は彼の「いつか」を信じるふりを続けた。
芙美乃の招待状には、同伴者の名を書く欄があった。届いたとき、杏珠は迷わず悠生の名前を書いた。未来が先に印刷されたようで安心した。
けれど今、その欄は修正テープで白くなっている。
結婚式へ一人で行けば、事情を聞かれるだろう。「次は杏珠だね」と笑う人もいる。悠生と会えば、寂しさに負けて戻れるかもしれない。戻れば、少なくとも席札は二枚になる。
杏珠は芙美乃へ返信した。
〈私一人でお願いします。直前にごめん。当日はちゃんと、おめでとうを言いに行く〉
次に悠生の画面を開く。何度も書いた長文を消し、百四十字にも満たない文章にした。
〈会いません。結婚の期限を決めてくれなかったから別れるのではなく、決めない時間を一緒に選び続けたくないからです。私も五年を選んだことは後悔しません〉
送信後、杏珠は式場の祝電フォームを開いた。芙美乃への言葉を考えながら、自分の別れを祝う文章にならないよう気をつけた。
「お二人が選んだ毎日を、これからも二人で引き受けられますように」
入力してから、少しだけ笑った。祝電なのに、願いというより覚悟の文だった。
当日、杏珠の席札は一枚だけだった。空いた場所を隠すような花もない。彼女はその一席へ、自分で椅子を引いて座った。