空の鳥籠に入れるもの
苑が古道具店を閉める準備をしていると、旅人が空の鳥籠を抱えて入ってきた。真鍮の籠には扉がなく、代わりに小さな値札が何十枚も結ばれている。「まだ使うかもしれない」「高かった」「思い出だから」と、それぞれ違う字で書かれていた。
「買い取りですか」
「いいえ。重さを量ってもらいたくて」
籠は空なのに、苑が両手で持つと驚くほど重かった。旅人は床に置き、首を傾げた。
「あなたの部屋で、いちばん場所を取っている空っぽのものは何ですか」
苑は、押し入れの奥にある段ボールを思い出した。店では毎日、誰かが手放した皿や時計に値段をつけているのに、自分の物だけは査定できなかった。三年前に別れた恋人のマグカップ、合鍵、途中まで編んだマフラー。戻ってきてほしいわけではない。ただ捨てると、あの時間を自分が否定したようで怖かった。新しい食器を買うたび、段ボールの存在を思い出し、結局一客ぶんだけ棚を空けていた。
「空っぽなら、場所は取りません」
そう答えると、旅人は籠から一枚の値札を外した。裏に「明日の朝までに、役目の終わったものを一つだけ外へ出す」と書いてある。
「捨てろということですか」
「外へ、です。捨てるかどうかは、外に出してから考えてください」
旅人は店内で一番小さな鈴を買い、鳥籠の底に入れた。たった一つ物が入ると、不思議なことに籠は軽くなった。
閉店後、苑は自宅の押し入れを開けた。段ボールの蓋には、元恋人の字で「台所」とある。中を全部見れば、また戻せなくなる気がして、長いあいだ触れなかった。
苑は一つだけ、と決めた。マグカップでも写真でもなく、合鍵を選ぶ。もう開かない部屋のための鍵だ。透明な袋に入れ、玄関まで運ぶ。鍵のぎざぎざには、何度も回したときについた細い傷が残っていた。思い出ではなく、もう使えない機能だけが手の中にある。
そこで手が止まった。外へ出しただけで、思い出は消えない。旅人は捨て方も、忘れ方も教えなかった。
翌朝、資源ごみの箱の横に、不用品回収の小さな金属箱が置かれていた。苑は鍵を握ったまま、冷たい外気の中に立つ。
「役目は終わった」と声にせず言い、戻らない扉の合鍵を、金属箱へ落とした。