窓に映った住所
守屋いちかが編集していたのは、情報流出を起こした会社の謝罪映像だった。午前九時の公開に間に合わせ、背後の白板に残った社員名を見えなくしてほしい。それが法務からの依頼だった。
社長は会議室で頭を下げ、原因と再発防止を読み上げている。いちかは白板へブラーをかけ、マスクを動きに合わせた。社長が立ち上がる最後まで確認したところで、映像を止めた。
窓ガラスの中に、机の上が映っていた。宅配便の伝票。会社ではなく、撮影を担当した社員の自宅住所が読める。白板だけを見ていた法務の確認表には載っていない。
いちかは謝罪の言葉を聞きながら、画面の四隅を順に見る癖があった。話す人の顔へ注意が集まる映像ほど、背景の危険は見逃される。伝票の横には家族写真も伏せて置かれていた。住所だけを消せばよく、写真まで曇らせる必要はない。その線引きも、公開前の確認だった。
「そこまで消すと、窓が不自然になりませんか」
立ち会いの広報が言った。公開まで一時間を切っている。
いちかは先に画面の大きさを確定した。後から構図を変えれば、せっかく隠した場所がマスクの外へ出る。窓の反射はカメラの微かな揺れと別方向に動くため、自動のトラッキングは途中で社長の肩へ吸い付いた。彼女は伝票が見える区間を三つに分け、肩と重なる短い間だけ、手で位置を置いた。
ぼかしは文字が読めなくなる最小限にした。窓全体を曇らせれば、謝罪のために何かを隠した印象まで生まれる。再生速度を落とし、停止し、拡大し、最後に普通の速さでもう一度見る。
社長が頭を下げる。窓には机が映るが、伝票だけは光の滲みに変わっていた。白板の社員名も、立ち上がる動きの間まで残っていない。
広報は黙ってから、「住所が映っていたことは、本人には」と訊いた。
「報告してください。消したから無かったことにはなりません」
九時三分前、映像は公開担当へ渡った。いちかが確認表に二つ目の項目を書き加えると、法務から新しい連絡が来た。
〈三分十二秒、パソコン画面の反射も確認願います〉
彼女は窓を閉じず、同じ映像を巻き戻した。