竜に乗らない凱旋
伝令ルークは、高い場所が苦手だった。
崖から落ちた古傷のせいで、城の三階から下を見るだけでも膝が笑う。
ところが戦勝凱旋の朝、城門には魔王ガルドレインの黒竜が待っていた。式典官は当然のように言う。
「陛下の前へ。お二人で竜に乗り、都を一周していただきます」
ルークの顔から血の気が引いた。
その変化を、ガルドレインだけが見逃さなかった。
「竜を下げろ」
「凱旋の象徴でございます」
「ルークは高所が嫌いだ」
魔王は竜の背から降り、自分の手袋をルークへ渡した。内側には滑り止めの布が縫われている。緊張すると手汗で手綱を握れなくなると、以前一度話したからだ。
「馬なら乗れるか」
「今日は、馬も少し怖いです」
「では歩くか」
「都を一周ですよ?」
「余は疲れない」
大陸最強の魔王には、確かに問題ではない。
だが式典官は青ざめた。
「陛下が徒歩では威厳が! せめてルーク殿だけでも籠へ」
「人に持ち上げられるのも嫌です」
ルークが言うと、周囲の貴族が眉をひそめた。
「たかが伝令が、陛下の式へ注文をつけるな」
ガルドレインの魔力で、石畳が低く唸った。
「誰が注文と言った。本人の選択だ」
ルークは城門脇に停められた荷車を見つけた。野菜を運ぶ小さな二輪車で、高さもほとんどない。
「あれなら平気かもしれません」
式典官が絶句する。
「魔王陛下の凱旋に、八百屋の荷車を?」
ガルドレインは真顔で荷台を確かめ、毛布を一枚敷いた。
「揺れる。座布団を増やせ」
「本気ですか」
「余が冗談を言ったことがあるか」
結局、ルークは荷車に座り、最強の魔王がその横を徒歩で進んだ。黒竜は空から護衛し、民衆は前代未聞の光景に口を開けた。
中央広場で、司会者が「魔王の所有する人間」と紹介しかける。
ガルドレインは足を止めた。
「言い直せ。余の伝令、ルークだ」
そして大軍の前で宣言する。
「凱旋路も乗り物も呼び名も、本人が選ぶ。余の威厳のために、ルークへ恐怖を飲み込ませる者は許さない」