竜の匂いを消す洗濯石
夜だけ湯気を上げる洗濯店〈月盥〉へ、荷運び人のボーデンが外套を抱えてきた。
店主のモーディは、彼が入る前から鼻を押さえた。腐臭ではない。焦げた鉄と硫黄を混ぜた、竜の血の匂いだ。
「このままじゃ家へ帰れねえ」
迷宮で竜の死骸を運んだ際、仲間をかばって血を浴びた。討伐者は広場で称えられたが、最後まで死骸を運んだ彼の名は報告書にもなかった。七回洗っても落ちず、近づくだけで馬は暴れ、犬は吠え、家畜小屋の前にも立てない。荷主は危険手当を払わず、「臭いが抜けるまで野宿しろ」と言ったという。三夜目には、自分の鼻まで匂いに慣れ、もう一生落ちない気がしていた。
モーディは大釜を使わなかった。掌ほどの白い石を盥へ一つ沈める。
「商品は〈匂いほどき石〉。汚れを削るんじゃなく、布が覚えた一番強い匂いだけを忘れさせます」
「俺の汗まで消えるのか」
「竜より強ければ残ります」
ボーデンが初めて笑った。
水へ外套を浸すと、石の表面に赤黒い筋が浮いた。モーディが一度だけ布を押す。ごしごし擦ることも、香料で上塗りすることもしない。湯気の中で竜の咆哮が小さく響き、硫黄臭が塊となって石へ吸い込まれた。
引き上げた外套は、古い羊毛と焚火の匂いがした。ボーデン自身の暮らしの匂いだ。
店の裏には、気性の荒い荷馬車馬をつなぐための鉄環がある。彼が外套を着て近づくと、試し用の魔獣感知鈴は沈黙した。いつも竜臭へ逆立っていた店猫の毛も、今日は寝たまま動かない。
ボーデンは袖口へ顔を埋め、長く息を吸った。
「これなら、玄関を開けても追い返されねえ」
代金は銀貨四枚。彼は日当を入れた革袋ごと台へ置いた。モーディが四枚だけ抜いて返すと、袋からさらに四枚を数え直す。
「同じ石をもう一つ。次に竜を運べと言われたら、危険手当を先にもらって、自分で洗う」
もう野宿を命じられる顔ではなかった。
乾いた外套を翻し、ボーデンが夜道へ消える。モーディが吸い込んだ竜臭の石を封缶へ入れた、そのとき、入口のベルが二度、急かすように鳴った。