笑い声は字幕の外

立石はテレビを無音で見る癖がある。

 字幕を出し、音量をゼロにする。俳優が笑えば、画面の下に(笑い声)と表示される。食器が割れれば(大きな音)、雨が降れば(雨音)。仕事から帰ったあとの部屋に、自分で音を増やしたくなかった。

 けれど隣室のテレビは、いつもよく聞こえた。

 午前零時半、同じバラエティ番組のテーマ曲が壁を通る。司会者の声は言葉にならず、観客の笑いだけが丸い塊になって届く。隣の人自身が笑っているのか、番組の音なのかは分からない。

 窓の外では雨が降り、エアコンの送風口がかすかに鳴っていた。立石の画面では芸人が転び、字幕に(笑い声)が出る。ほとんど同時に壁の向こうから笑いが届いた。

 立石は大学時代のグループチャットを開いた。

 今夜は友人四人が集まっている。写真には、頼んだ覚えのあるピザと、知らないワインが写っていた。誘いは一週間前に来ていたが、立石は「仕事が読めない」と返し、そのまま断った。仕事は九時に終わった。それでも途中から行くとは言えなかった。

 寂しいのか、疲れているだけなのか、自分でも分からない。人と会いたい日と、誰にも会いたくない日は、同じ夜にやってくる。

 隣の番組がCMへ入り、急に笑いが止んだ。冷蔵庫の回転と雨だけになる。立石は無音のテレビを見つめた。画面の中では、出演者たちが声を出さずに楽しそうだった。

 グループチャットには新しい写真が一枚増えた。誰も立石を責めていない。だからこそ、行かなかった理由を長く説明する場所もなかった。立石は入力欄へ何も書かず、通知だけを静かに切った。リモコンで音量を一つ上げた。

 ほとんど聞こえない。もう一つ上げると、俳優の声が薄く部屋へ広がった。隣へ伝えるためではない。誰かと同じ番組を見るためでもない。ただ、自分の部屋に自分で選んだ音を置くためだった。

 CMが明け、向こうの笑い声が戻る。少し遅れて、立石のテレビからも笑いが聞こえた。

 二つは壁のところで混ざらず、それぞれの部屋に残った。立石はチャットを閉じ、字幕も消した。今夜は笑わなくても、音のある部屋で一人で座っていられた。