笑ったまま送信

鴫原奏絵は、写真を撮られるときだけ口の閉じ方が上手くなる。

上の前歯の間に小さな隙間がある。子どものころ「風が通りそう」と言われてから、笑う直前に唇を結ぶ癖がついた。楽しそうに見える程度に目を細め、歯だけは見せない。それが奏絵の写真用の顔だった。

動画ではもっと忙しい。笑い声が出そうになると手で口を覆い、話し終わる前に唇を戻す。あとで見返すと、自分だけがいつも寒そうに口元を固くしていた。

二十七歳の誕生日、友人二人が狭い部屋にケーキを持ってきた。ろうそくは数字の形で、片方が少し傾いていた。火を吹き消した直後、皿の端にクリームが落ち、奏絵は慌てて指ですくった。

その指を友人が紙ナプキンで挟み、三人とも笑った。スマートフォンが一度だけ光った。

夜、二人が帰ったあと、共有アルバムに写真が届く。奏絵はソファで一枚ずつ開いた。ろうそくを見つめる横顔。目を閉じて吹く顔。最後に、クリームのついた指を掲げ、口を大きく開けて笑っている自分。

隙間がはっきり写っていた。

奏絵は画像を拡大した。いつもなら「これだけ消して」と送る。以前は友人の結婚式の写真まで削除を頼み、集合写真から自分が抜けたこともあった。

メッセージ欄を開く。

《最後の、削除してもらえる?》

そこまで打って、奏絵は止まった。写真の隅には、倒れかけた数字のろうそくと、皿からこぼれたクリームが写っている。整っていないものばかりなのに、その一秒がいちばん誕生日らしかった。

奏絵は文章を消した。

削除を頼めば、友人はきっと応じる。悪気なく撮ったことを謝り、次から気をつけるだろう。そうして奏絵の周りから、奏絵が本当に笑った瞬間だけが少しずつなくなっていく。

地方に住む妹から「ケーキ見たい」と届いていたので、最後の写真を選ぶ。歯の隙間を隠すスタンプも、口元だけの切り抜きも使わず、送信ボタンを押した。

すぐに既読がつき、《ろうそく斜めすぎ》と返ってきた。

奏絵は声を出して笑った。黒い画面にまた歯が映ったが、スマートフォンを伏せなかった。

共有アルバムには、笑ったままの一枚が残った。