締め紐を切った観劇席

帝国歌劇場へ入る前、セレスの息はすでに浅かった。

皇妃候補用の礼装は、胴を締める紐が固すぎる。痛いと言えば、格式に耐えられない田舎娘だと笑われる。

皇帝バルドゥルが彼女の歩幅を見て立ち止まった。

「苦しいな」

「少しだけです」

彼は腰の短剣を抜いた。護衛たちが身構える中、礼装の外側に垂れた締め紐だけを切る。

「着替えを」

侍女長が青ざめた。

「皇妃候補の正式衣装です」

「候補ではない。セレスだ」

代わりに運ばれたのは、彼女が普段好む柔らかな青いドレスだった。バルドゥルは敵将の降伏を一度も許さない皇帝だが、セレスが首元の詰まった服を嫌うことは忘れない。

「これで息ができるか」

「はい」

観劇の幕間、劇場支配人が舞台へ二人を招いた。

「皇帝陛下からセレス嬢へ、皇妃冠を授けていただきます」

客席が沸く。セレスは立てなかった。

「受け取りません」

支配人の顔が引きつる。

「今夜の演目も、その発表のために用意しました」

「私は聞いていません」

宰相が席まで来て囁いた。

「ここで断れば陛下の恥になります。冠だけ受け、返事は後で」

バルドゥルがその言葉を聞いた。

「冠を下げろ」

「ですが満席の観客が」

「観客が彼女の返事を所有しているのか」

皇帝はセレスへ尋ねる。

「劇は最後まで見るか」

「見たいです。発表なしで」

「そうしよう」

支配人はなお、舞台装置の都合を訴えた。バルドゥルは皇妃冠を載せた台を舞台袖へ運ばせ、幕を上げる合図を出す。

観客が静まったとき、皇帝は席から告げた。

セレスは青いドレスの袖を撫でた。装飾は少ないが、呼吸のたび布が自然に動く。バルドゥルは彼女が楽になったことを確認しても、「余のために着た」とは言わなかった。

幕間の菓子も、苦手な硬い砂糖飾りだけ下げさせる。

「観劇は楽しめているか」

「はい。今は」

その「今は」を、皇帝は永遠の約束へすり替えなかった。

「本日の冊立は中止する。セレスの衣装も呼吸も返事も、余の面目のために締めつけてはならない」