縫い目からほどく戦争
野戦治療師トワナが敵陣で見つけた男には、傷より多くの縫い目があった。
戦闘用人造人間カイム。骨格へ鋼を埋め、切断されても縫い直して使う突撃兵だ。胸から首へ走る黒糸だけは傷を閉じるためではなく、命令を神経へ縫いつけるためのものだった。
「捕虜を治すな」
味方の騎士が言った。
「こいつの所有糸をこちらの紋糸へ換えれば、敵陣の情報を吐かせられる」
騎士は青い糸巻きを投げてよこした。
カイムは手術台の上で目を開く。
「所有者変更を確認。旧命令を開示します」
「まだ変更していない」
「では、黒糸を抜かないでください。命令系統が失われます」
その声には恐怖を表す機能がない。それでも、手術台の革を握る指だけが軋んだ。
トワナは青糸を火へ投げた。
「何をしている!」
「治療よ。傷でない糸は全部抜く」
最初の一本を切ると、カイムの背が跳ねた。糸には命令だけでなく、痛みを罰として増幅する術式が絡んでいる。
二本、三本。黒糸を抜くたび、騎士が怒鳴る。
「そいつは敵兵だぞ!」
「今は患者」
最後の糸は心炉の奥へ届いていた。引けば停止する可能性がある。青糸へ結び替えれば、確実に生かせる代わりに味方軍の奴隷になる。
トワナは結ばなかった。
刃先で黒い結び目を断つ。
カイムが息を止め、胸の炉心が暗くなった。数秒後、何の命令も受けずに淡い光が戻る。
「立てる?」
「立つ理由を検索中です」
「検索結果がなくてもいい。西の林なら戦場を抜けられる」
カイムは治したばかりの体で天幕を出ていった。
日没前、敵の騎兵が野戦病院へ突入した。護衛は前線へ出ており、負傷者は逃げられない。
トワナが手術刀を構える。その前へ、一人の男が戻ってきた。
カイムは騎兵の槍を素手で受け、柄を折る。だが誰も殺さず、馬具だけを断って次々に落馬させた。
戦闘が終わると、彼は奪った剣を天幕の入口へ横たえた。
「西の林まで行きました。命令は追ってきませんでした」
「なら、どうして戻ったの」
「あなたが縫わなかった空白へ、私が理由を入れたかった」
カイムは武器の外側へ座り、負傷者を守る位置を自分で選んだ。