背表紙の向こうで笑う
僕らは、教室では競争相手だった。
定期試験の順位、英単語テスト、発表の点数。彼女が一位なら僕が二位。僕が満点なら彼女も満点。会話をすれば、たいてい訂正か反論になった。
そんな彼女が図書室の奥で、恋愛漫画を読んでいた。
本棚越しに目が合った瞬間、彼女は漫画を参考書の中へ隠した。
「見た?」
「表紙だけ」
「忘れて」
「学年一位が授業の資料以外を読むなんて」
「二位に言われたくない」
実は僕も、同じシリーズの次巻を探していた。姉に勧められて読み始め、続きが気になっていたのだ。
それを言うと、彼女は疑う目をした。
「登場人物の名前、言って」
答えると、彼女は参考書を閉じた。
「推しは?」
静かな図書室で、なぜか面接より緊張した。
同じ人物を挙げると、彼女は初めて敵ではない顔で笑った。
その日から、僕らは放課後だけ休戦した。新刊が入ると交代で借り、返却前に感想を言い合った。教室では相変わらず点数を競い、図書室では物語の展開を予想した。
ただし、好みはまったく合わなかった。
「そこは告白すべき」
「今言ったら関係が壊れる」
「臆病」
「慎重」
声が大きくなり、司書の先生に何度も注意された。
最終巻が入った日、貸出カウンターには一冊しかなかった。どちらが先に借りるか、じゃんけんをすることになった。
僕が勝った。
彼女は本気で悔しそうな顔をした。いつもの試験順位より悔しそうだった。
僕は貸出手続きを済ませ、そのまま閲覧席へ行った。
「持って帰らないの?」
「ここで読む」
机の中央に本を置き、二人で開いた。一ページずつ交代でめくる。肩が触れそうになるたび、どちらも少し離れた。
物語の最後、主人公は告白しなかった。関係を壊すのが怖くて、卒業の日まで言えなかった。
彼女はページを閉じた。
「ほら、言わないから終わった」
「でも続きがあるかもしれない」
「本はこれで終わり」
彼女の指が表紙の上に残っていた。
僕は長く迷った。試験なら、答えを書かなければ確実に零点だ。
「じゃあ、僕は言う」
彼女が顔を上げた。
「放課後の休戦、卒業後も続けたい」
告白としては逃げた言い方だった。
彼女はため息をついた。
「二位の答案としては減点」
「何点?」
「続き次第」
翌日のテストで、僕は一位になった。彼女は答案を見て悔しがりながら、机の下で最終巻のしおりを僕へ渡した。
裏には、『次巻は二人で買う』と書かれていた。